今年の集大成
2019年11月24日。
大親友のピアニスト藤井麻理ちゃんと、私の活動の最初からずっと力を貸し続けてくださる音楽サロンで、本年の集大成となるコンサートを開きます。
2019年11月24日。
大親友のピアニスト藤井麻理ちゃんと、私の活動の最初からずっと力を貸し続けてくださる音楽サロンで、本年の集大成となるコンサートを開きます。
ケイタの様子が少しずつ変わってきたのはその一か月ほどあとだった。
パソコンに向かう時間が長くなり、電話もよくする。
そして一日中ブツブツ英文を口にしている。
相変わらず俺の世話は丁寧にやってくれるし、それは俺もありがたいのだが、見ていると、
俺はいつまでもここにいるべきではないのでは。そう思った。
「え、見てもらえるんですか?ありがとうございます!」
ケイタは電話を切ると、最低限の俺の衣食住を整えて部屋を飛び出していった。
帰宅したのは深夜になってからだった。
「ふう。。。俺、お前たちに、、、。」
疲れた顔のケイタは何かを話そうとして、でも途中でやめてしまった。お前たちって、捺美ちゃんと俺のことか?
「捺美に返信しないとな。この汚い部屋に入れる自信がないよ。」
最近の忙しさでケイタは部屋の掃除はおろか、洗濯も洗い物も溜まりがちだった。
捺美ちゃんが来る数時間前に慌てて表面だけ片づける、俺はそれをよく知っていた。
仕方ない、ケイタはそれだけ勉強も忙しいのだから。
「あぁ~。。。困ったなぁ。。。このままじゃあダメだ。。。」
そんな弱音を吐くのは、俺が来てからは初めてだった。
なんでだ?お前はすごくがんばっているじゃないか。
勉強があるからって、酒もほとんど飲まない。
それに俺の世話は焼きすぎるほど、焼いてくれる。
「でも、確実な就職を勝ち取るには、やんないと。」
俺を抱き寄せながら語る低い声は、信じられないほど男らしかった。(第10話終わり)
小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 田中幾子
ただ、ここに来て気が付いたことがある。
それは、俺は今まで父子家庭で育って、料理をがんばって料理人になることが夢だったのだが、
二人の会話、特にケイタの様子を見ていると
俺が思っていたがんばりは、独りよがりだったのかな、
ということ。
ケイタもケイタで厳しい家庭で育ったらしい。
勉強ができないことなんて許されない環境で、常に満点を取ってきて当たり前だった、
ということを聞いたときには驚愕した。そんな奴が、ほんとにいるんだな。。。
そうやって、日本を代表する超名門大学の商学部に入ったのか。
高校の同級生は一流国立大学に行っていたり、留学した人もいる。
俺には想像もつかないことだらけだったが、
ただ普段のケイタの生活を見ていると、
俺なんかよりずっと真面目ですごく勉強している。
ほんとに、捺美ちゃんと過ごす時間だけが息抜きに見えた。
俺は勉強が苦手でずっとそれから逃げてきたんだが、
もしかしたら、ちゃんと向き合わなかっただけなのかもしれない。
そう思った。
そう言えば、亡くなった母さんは数学が大得意だったらしい。
「すべては数学につながるのよ」
口癖のように、そう言っていたとか。
だとすると、
俺はその才能を受け継いでいるのかもしれないし、
これまで才能の無駄遣いをしてきたのかもしれないな。
レシピの配合や温度の違いがもたらす材料の変化を読み取ることは得意だったんだが、それ以上のことには使ってなかったんだもんな。
それに、料理もお菓子も、
作られた背景や名前にはいろんな歴史が読み取れる。
となると、
世界史だって無塩、いや無縁じゃないはずだ。
あれ、俺は今まで何をしていたんだ?
『ふうあーゆー』テーマ曲 ~時空の音色~
「でも、この首輪、外れないんだよ。」
そう、先日からケイタが首輪を外そうとしても、見た目は普通の首輪なのに、なぜか外れないんだ。
これは、どういうことだ?俺は、何に首を絞められている?
「そのへんも、相談したいと思っててさ。」
「そうねぇ、でももし飼い主さんがいたら、首輪に傷があってもいけないよね。」
「もちろんそうさ。ま、今そいつらも忙しいからそんな簡単に見てもらえないけどね。」
「やっぱり、大学って忙しいんだ。」
「うーん。。。人によるのかもしれないけど。俺らは就活がんばらないといけないから。」
「うん、、、私、ジャマだよね。。。」
「そんなこと言ってないだろ、俺は捺美の賢くて素直なところが好きだよ。大学だと、意外といないんだ。」
「ケイタくん。。。」
あ、この雰囲気。
俺は嫌になって窓辺に寄った。今日は土曜の午後。
捺美ちゃんがゆっくりいられる日だ。
「散歩してくるか?悪いな。」
外を歩きながら俺は考えていた。
俺はなぜ猫になったのか。この首輪の意味はなんなのか。あの鈴の音はなんなのか。
動物病院やSNSでは俺の情報は入ってこず(当たり前だが)、予防接種をされただけだった。
ここに来た日以来、あの鈴の音は寝ているときにはほとんど聞こえていた。たまに聞こえないときもある。
その違いもはっきりしない。
ただ、どちらにせよ安眠はできなかった。
他人の家で、こんな姿だということもあるだろうし、鈴の音が耳に焼き付くほど鳴り続けているからかもしれない。
捺美ちゃんの透明感のある声も、人間だった時より、よく聴こえているはずなんだけど、
それよりも鈴の音のほうが大きく鳴り響いているような気がする。
捺美ちゃんは、週に2、3回訪れた。
そのほとんどは、塾に行く前の数十分と、土曜日の午後だ。
二人の様子を見ていると、捺美ちゃんはがんばって勉強していることがわかるし、ケイタも大学の勉強や就活も真剣に向かっていることがわかっていった。
捺美ちゃんがバイトをやめたのも、勉強のためだ。ダイエットは、それはケイタのため、なんだけどさ。。。
ただでも、一緒にいるときの会話のほとんどは捺美ちゃんの勉強のことだった。
ケイタは、かなり面倒見がいい奴のようだった。
それに、とても親切なんだ。
捺美ちゃんが何かに興味があるようなことを言うと、次に会うときまでにはそのことを調べて必要な資料も印刷してあげているし、何か食べたいときもまずケイタが作ってあげていた。
捺美ちゃんがそのことを気にすると、
「大学入ってからお返ししてもらうよ。」といつも言う。
ケイタもケイタでバイトもあるし、暇じゃないはずなんだが、こいつはいいやつなんだな。。。
あーぁ、俺もこのくらい勉強できたらなぁ。そしたら、もっと捺美ちゃんにいい思いさせてあげられるのに。
「ふうは、お利口だよねー。」
急に捺美ちゃんが言う。
今日の彼女はサラサラした髪の毛がとてもきれいだ。ただ、整髪料の匂いがジャマだな。俺が猫じゃなかったら、そんなこと気にならないんだが。
「そうそう、最近はちゃんと食べるし。ただでも、ちょっと寝すぎだけどな。普通はこの年齢だともっと遊ぶはずなんだって。」
「なんだか、普通の猫と違うよね?私たちの会話もじいっと聴いてるし。目にすごく何かあるような気がする。」
「そうだよなぁ。ふうがうちに来て、、、3週間くらいか。3カ月経って飼い主が見つからなかったらこのまま俺たちのふうになってもらおうかな。そうしたら、盛大にお祝いしような。」
ケイタの声はほんとうに嬉しそうだった。ケイタ、こいつに俺は好かれているんだろうか?
「そうだね!そうなったら嬉しいなぁ。」
あぁ、ほんとに似合いのカップルで悔しいなぁ、ちくしょう。
ケイタはそんなに美男子ってほどでもないが、俺よりはずっと顔がいいし、捺美ちゃんに対して常にレディファーストだし、こないだだって、捺美ちゃんから夜電話かかってきたときもすぐ飛び出していったんだよな。
あのときは急な豪雨で捺美ちゃんに傘がないからって、持っていってあげてたんだ。捺美ちゃんも家族より先にケイタに連絡するんだな。頼れるもんな。
「捺美さ、この鈴どう思う?」
「これね、なんの素材なんだろ?どうして金属なのに風鈴みたいな音がするのかしら。」
「俺さ、今度工学部のやつに見てもらおうかと思うんだよね。」
こ、この鈴か??
そうだ、俺が猫になっちまったあの日も寝ながらこの鈴の音が遠くから聞こえてきたんだよな!
俺だって知りたいよ。(続)
この小説のテーマ曲です。併せてお楽しみください。
明日のコンサートに向けて、練習している。
私は、決してそんなものは望まないのに、とても不安定な性質で、そのときのコンディションや環境といったものからかなり影響を受けやすい。そのせいか、いいときと悪いときとでムラが出やすい。
それを分かっているから、また練習するのだが、
最近はとても変化が激しくて、やればやるほど次の課題が尽きず、
どこまで行ったっても天井は見えない。。。
そんな、状態になっている。
こうなると、不安しかなくなってしまう。
ただ、この数日の大きな変化の流れとして今までと違うのは、
6時間さらっても腕が疲労しなくなった。
そして、表現できる喜びが大きく、楽しみで仕方ない。なんて気持ちのいいことを私はしているんだろう、こんな愉快なこと他にあるかしら。
そんな気持ちでいる。
歌もピアノも、感じ方がまるで違う。。。なんなんだろう、これは。
自分でも新しい自分に戸惑っていますが、明日は精一杯のパフォーマンスをお届けします。
写真は、これも若干練習の成果が見えてきた自撮り。
そんな、今日でした。
ソロコンサート.ヴァイオリン超絶技巧無伴奏、オリジナル曲、即興演奏など。次回は年内ラスト8月25日エムズカンティーナにて。『青の時代 vol.4』
今日はずっと練習をしていた。
といっても6時間くらいだ。
大体、私の練習は長くて6時間くらい、ということが多い。
気がつくと、あっという間にそのくらい経っているんだよなぁ。
今回は、25日の曲目が今までと違って、自分自身の限界を大きく拡げる方向にしているから、集中力や気力の問題もあり、入念な確認をしている。
ピアノソロの練習をしていて、ふと気が付いたことは、
私はこうして自分のやりたいことを表現することが一番生きている心地がする、ということだ。
だから、自分の思うままのプログラムを組み、自作自演も含めたこのソロコンサートシリーズは、正に田中幾子そのものを表していると言っても過言ではないと思う。それに、これが、一番楽しい。
というわけで、ひとまずソロコンサートは今回でおしまいとなるのですが、来年以降は何かまた違うものを携えて皆さまの前にお目見えしたいと思っております。
ま、その間にアンサンブルコンサートがあるから、ぜひそちらもお楽しみに!!
写真は、子どもの頃から大好きなままのパディントン。佐賀から連れてきた。
そんな、今日でした。
ソロコンサート。ヴァイオリン超絶技巧無伴奏、オリジナル曲、即興演奏など。次回は年内ラスト8月25日エムズカンティーナにて。『青の時代 vol.4』
私がそういうタイプなのか、それとも今がそういう時期なのか。
音楽において、変化が激しい。
それは、テクニック的な意味もあるし、音楽的な意味もある。
だから、毎日練習していて、毎日変わっていく。
この、変化が如実に現れるのは、実は暗譜との兼ね合いの部分においてなのだ。
暗譜というのは、私の場合は、楽譜の見た目とともに動きで覚えている配分も大きい。よって、テクニックの変化があるとその影響をもろに受け、覚えているはずの箇所を失敗する。音楽的な変化からも同じことが言える。リズムの捉え方が変わると必ず失敗する。
こういうことが、実に多い。
簡単だと思っていた、例えばパガニーニの『カンタービレ』のような今まで幾度となく演奏してしてきている作品においても、そうなる。
そうなってしまうと、もちろん怖い。
だから、練習をする。
練習の結果、また次なる変化が生み出されるのであるが、
練習以外に変化の先の栄えある芸術を導きだすものは、存在しないから。
写真は、今日のおやつ。おやつと称して、これにバゲットを添えて食するのであるから、大した食欲である。
そんな、今日でした。
ソロコンサート。ヴァイオリン超絶技巧無伴奏、オリジナル曲、即興演奏など。次回は年内ラスト8月25日エムズカンティーナにて。『青の時代 vol.4』
いやぁ、もう今夜も腕がボロボロである。
最近は特に左腕がボロボロになる感じがする。そういう曲なのかもしれない。
バッハの無伴奏に、コンチェルト。それだけでも腕がくたびれるのは当たり前のことなのだが、毎晩こうなって、その都度同じ感想を抱いている。
全く成長のないものだ。
で、ここまで腕がくたびれた頃には脚も相当疲れている。立っているのも嫌だ、というくらいにはなっているものだ。
もう私は速く泡風呂に浸かってふかふかのお布団で犬でも抱っこしてお姫様パジャマ着てごろごろしたい。
そんな、理想を抱くのもいつもと同じだ。
しかし、うちには泡風呂になるような入浴剤はないし、そもそも買ったこともないし、ベッドは古くてふかふかには程遠いし、犬も飼っていない。お姫様のようなパジャマに至っては、そんなもの趣味じゃないよ、というのが実際の声である。
と、わけのわからないことを書きながら、明日ももっとうまくなれそうだな!という希望を抱いている今。
そう思っているうちにとっとと寝ちまおう。
写真は、らっきょうの甘酢漬けを頂いたもの。手作りの味が、美味しかった。
そんな、今日でした。
ソロコンサート。ヴァイオリン超絶技巧無伴奏、オリジナル曲、即興演奏など。次回は年内ラスト8月25日エムズカンティーナにて。『青の時代 vol.4』
精神的な疲労がひどいのか、それとも猫だからなのか、俺は一人になってしばらくするとまたうたたねをしていた。
あぁ、またあの音が聴こえるなぁ、なんなんだ、これは。。。
気が付くと、ケイタが台所でゴソゴソしていた。
あ、もう帰ってきたのか。
「お、ふう。起きたのか?これ、お前のトイレだよ。」
ト、トイレ。。。床の上に置かれたトイレ。。。当たり前か、人間じゃないもんな。。。
「なーんか悲しそうだなぁ、お前、ほんとに猫かぁ?でも、しばらくはガマンしてくれよ。俺も最大限努力するからさ。」
そっか。。。こいつも別に猫を飼いたかったわけじゃないしな。。。
「わかった、じゃあせめてこうしてやるよ。」
ケイタは押し入れから段ボールを取り出して蓋の半分を切り取り、もう半分を固定した。
「こうすれば見えにくいだろ?」
わかった、ありがとう。俺はそう思った。
「今、飯出してやるから。」
俺が黙って待っていると、皿の上に、数種類のおかずのようなものがきれいに盛り付けられたものを出された。まるで、どこかのおしゃれなカフェのワンプレートメニューのようだ。これはなんだ?見た目はステーキやハンバーグのようだぞ??
ケイタはケイタで、大きな器にやはりステーキとハンバーグを載せてローテーブルの上に置いた。
「よし、これで俺たち男二人の最初の晩餐だ!えーと、ふうの飲み物がないな。」
小さな可愛らしいガラス製の器に水を入れて置いてくれた。
「これ、全部猫が食べても大丈夫だからな?さっき、ペットショップで買ってきたんだ!美味しいといいな。」
ケイタは手に炭酸水が入ったグラスを持った。
「ふうとの出会いに、乾杯!」
ここまでされちゃあ仕方がない。
俺は目の前の食事に手を付けた。もとい、口を付けた。
うん、なかなかうまいぞ。なんだ、これは。マグロを使っているのはわかるが、塩分なしでここまで旨みを出せるものか。こりゃあ勉強になるぞ。
ケイタはケイタで、見た目は俺と同じメニューを食べながら時々俺の様子を見ている。
ケイタはこういうときにアルコールは飲まないのかな?下戸か?
「美味いか?このへんじゃ良さそうなペットショップだし、いろいろ置いてあってその中から人気のメニューを選んできたんだよ。」
へぇ、そうなのか。俺はこのハンバーグに見えるものの中味がシラスっぽいことが驚きだ。
「なーんか、ふうは舌が肥えてそうだなぁ。これは毎日は続かないし、どうしたものかな。」
なんか悪いなぁ。。。そんなふうに思ってたら、ケイタはまた新たな皿を目の前に差し出した。
そこに乗せられていたのは、なんとケーキだった!猫用のケーキがあるのか!
「ふふっ。こういうのも、悪くないだろ。俺は甘いもの苦手だから、これは相伴できないよ。」
ケイタは炭酸水を飲みながら、ちょっと得意げな顔をしていた。
俺は、本気で泣きそうだった。
こんな、情けない姿なのに、なんでこいつはこんなに親切なんだ??ケーキのように見えるこれもやはり魚から作られているようだし、至れり尽くせりすぎるよ。。。
食べ終わって、俺はまた眠くなった。
なんなんだ。
ケイタはケイタでパソコンに向かい、忙しそうだった。
「ふうのベッド、ここだから。」
部屋の片隅に用意された寝床は黒い柔らかそうな生地が敷かれ、傍らに小さな丸っこい小さなクッションとも枕ともいえるものが置かれていた。
これも、俺のために買ってきたのか?気になったけれど、確かめようもない。
俺はケイタの打つキーボードを叩く音を子守唄に寝入っていった。
あの鈴の音は、聞こえなかった。