テーマ曲

ふうあーゆー 最終話

「そのときに飼ってた猫がふーって名前だったから、また付き合って生まれた君のことを最初はふーちゃん、て呼んでたのよ。」

「お、俺、夢の中で、その猫になってた。。。親父と母さんじゃなかったけど。。。」

「あら、なんかの暗示かもねぇ。」

 

俺は思い立ってその場で叔母さんに土下座した。

 

「叔母さん!お願いがあるんですけど俺、死ぬほど勉強して親父と同じ大学に入るから、学費出してくださいっ!!親父の給料じゃ足りないから!!」

 

その声は階下にも聞こえたようだった。親父が上がってくる音がする。

 

「そうねぇ~。」

 

叔母さんは真面目一辺倒な親父と違って要領が良くて、今は日本に訪れる外国人相手の物販ビジネスでかなり儲けている会社を経営していた。

親父よりよほど収入もあるし、勉強さえできれば大学に行けるかもしれない!

 

「ま、とりあえず今度の定期試験で学年上位に入れたら考えてあげる。」

「がんばる!」

 

部屋の入口に立ち尽くす親父は、会話の全てを聞いたようだった。

 

「令子。。。」

「親父。。。」

「あら、令子さんも心配されてるかしら。母校に祐樹くんも合格するのは悲願だったものね。」

 

叔母さんは、いたずらっぽく笑った。  

 

俺は今、捺美ちゃんと同じ塾に通っている。

正直ついていくことも大変だが、今までと違って勉強を投げ出すのではなくなんとか向かおうとすることを親父も応援してくれているし、勉強のコツも教わった。

なんで、今まで教えてくれなかったんだ?と聞こうと思ったが、猫だった時期を思い出してやめた。

もしかして、親父が恋人令子と付き合っていたときに教えていたことを思い出すことが辛かったのかもしれない、と。

ケイタは親父だったのかもしれない。

捺美ちゃんも、ケイタにいろいろ教わっていたしな。

 

「祐樹くんっ。」

 

交差点で信号を待っていたら、捺美ちゃんが声をかけてきた。あの猫の期間はなかったものだと思っている。

捺美ちゃんはドーナツ屋のバイトをもうすぐやめると言っているし、俺はあの日ドーナツを作っていなかったようだからだ。

隣で歩く捺美ちゃんの匂いがあの頃よりずっと繊細なのに強烈な印象を残す。

 

「私さ、第一志望変えようと思って。」

「そうなの、なんで?」

「うーん。。。なんか、もっと自分に合ってるものがありそうかな、って。祐樹くんは?」

「学部で言うと俺は商学部だよ。店を経営するのに経営の仕方がわからなかったら、せっかくの料理の腕も泣くからね!」

「じゃあ、私はどーしよっかな~!」

 

捺美ちゃんの声は晴れ晴れとしていた。なんなんだろう、このいい気持ちは。

あの鈴の音が聞こえてきた気がした。

 

「あ、猫がいる!」

 

彼女の指さすほうには確かに黒猫がいた。

俺と同じあの首輪と鈴。

 

「なんか、不思議な目をしてるよねぇ。」

 

捺美ちゃんの可愛さだけは、時空を超えるさ。

お前も見つけろよ、お前の人生と捺美ちゃんを。

 

俺たちは、赤信号になる前に道路を渡り切った。(終わり)

 

 

小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 Ikuko Tanaka

ふうあーゆー⑬ 

「!」

ハッと目が覚めたら自分のベッドの上だった。

あ、あれ。。。なんで、俺ここで寝ているんだ?

 

「お、起きたか?」

入ってきたのは、なんと、親父だった!

「あ、え、あれ、俺。。。あの。。。」

「祐樹、お前3日間も寝ていたんだよ。医者に来てもらったけど、なんの別条もないって。」

「え、えぇっ!?」

「今、見舞いにお前のおばさんが来ているよ。」

「え、え、あ。。。」

 

親父の声は普通だった。普通に聞こえた、ということだ。

 

猫の聴覚じゃなくなったのか?

手足を見ると、もう普通の人間に戻っているようだった。俺は、戻ったのか?

あれは、夢?で、でも3日間て?

 

叔母さんが部屋に入ってきた。

「ふーちゃん、大丈夫~?」

 

え、え、俺また猫の呼び名!と、思ったら叔母さんはふっと笑った。

「なーに、3日ぶりに起きたからびっくりしてるの?ふーってのは、君のパパとママの昔の猫の名よ。」

「ね、ねこ。。。」

「あの二人、若いときに一度別れてたらしいのよねぇ。勉強や就職のためって。」

 

そ、それって。。。(第13話終わり)

 

小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 Ikuko Tanaka

第一話からはこちら 小説『ふうあーゆー』

 

ふうあーゆー⑫

その帰り道。捺美ちゃんは、俺を抱きながらずっと泣いていた。

 

「んっ。。。うっ。。。」

 俺も辛いよ、なんでこんなに好き合っている同士が別れないといけないんだ。

「ふぅ~。。。!!」

 

 しかも、ケイタは、俺を見ると捺美を思い出すから辛い、と言って捺美ちゃんに俺を引き取らせた。

そりゃあそうだ。

あいつはかなり面倒見が良かった。食事の外に、マッサージも丁寧で、男の世話という度合を越していた。

そんなにしてくれなくても良かったのに、一旦親しくなるとそうなる。

そういうやつなんだ。

 

「うち、飼えないよう。。。」

 

捺美ちゃん、大丈夫だよ。

俺、野良でもいい。

これ以上善良な人たちの世話になるのも忍びない。

親父のところには今更帰れないしさ。そのへんに置いといてよ。

 

「私が超勉強できたら、オール電化みたいにオールペット可マンション作るのに!!誰でも住めるやつ!!」

 

なんだそりゃ?と一瞬思ったが、俺はそれより俺が勉強できたら捺美ちゃんを泣かせなくていいようにずっと高校から大学もそのあとも一緒にいられるようにするのに!と思った。

俺がもっと勉強できたら、捺美ちゃんの夢を叶えてあげられるかもしれない。

 

そっか、何より勉強できなきゃだめだ、ダメなんだ母さん!俺に数学の力をくれよ!!

 

急激に強いあの鈴の音が鳴り響いた。

 

「ん!!」

 

捺美ちゃんもしゃがみこんだ。

あぁ、大丈夫か!?

 

 

お、俺も、、、意識が。。。あぁ。。。(第12話終わり)

 

 

小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 Ikuko Tanaka

 

ふうあーゆー⑪

その数日後。

ケイタの忙しさと捺美ちゃんの勉強とが重なって、二人が会うのは2週間ぶりだった。

 

2週間の変化を捺美ちゃんは敏感に感じ取ってるようだった。元々、そういう子なのだ。

 

「捺美。」

 

あのクッションに座った捺美ちゃんをケイタは愛おしそうに見つめた。

 

「ごめん。俺、就活に向かわないといけない。」

「え、、、それって。。。」

「ごめん、捺美。ほんとにごめん。別れてくれ。」

 

あぁ、やっぱりそういうことか。。。

ケイタは優しくていいやつだから、面倒見も良すぎて、俺らはじゃまになっちゃうんだ。。。捺美ちゃん。。。

 

「捺美と付き合い始めた8カ月前は、ここまでだと思ってなかったんだよ。。。正直、甘く見てた。」

「私、待ってる。。。」

 

捺美ちゃんがか細い声で呟いた。

 

「ダメだ。お前はまだ高校2年生だ。捺美が大学に行くころには、またきっと状況が変わっている。俺だって、ビジネス英語がこんなに必須になってきているとは思わなかったよ。こないだも英文添削してもらったんだ。。。状況は、簡単じゃあない。」

「啓太くん。。。」

「捺美、これは真剣な話なんだ。」

「わかるよ。。。啓太くん、最近すごくがんばってる。。。やっぱり、私、足手まといなんだ。。。」

「捺美。」

 

 ケイタは見るからに辛そうだった。なんでこんないいやつがここまで辛い思いしないといけないんだ!

 

「捺美は可愛いし賢いし、捺美みたいないい女の時間は貴重なんだよ。俺で潰しちゃだめだ。時代は変わるし、もっといいやつといい出会いがあるかもしれない。捺美が大学に入ったとき、俺がちゃんと就職できているか約束できない。」

 

それ以上言わせないように捺美ちゃんはケイタの首元に抱きついた。

 

「うん。。。いいよ、啓太くん。。。」

「捺美、今までありがとうな。ふうとの生活も良かったよ。」

 

「もう、言わないで。。。」(第11話終わり)

 

小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 Ikuko Tanaka

 

 

ふうあーゆー⑩

ケイタの様子が少しずつ変わってきたのはその一か月ほどあとだった。

 

パソコンに向かう時間が長くなり、電話もよくする。

そして一日中ブツブツ英文を口にしている。

 

相変わらず俺の世話は丁寧にやってくれるし、それは俺もありがたいのだが、見ていると、

俺はいつまでもここにいるべきではないのでは。そう思った。

 

 

「え、見てもらえるんですか?ありがとうございます!」

 

ケイタは電話を切ると、最低限の俺の衣食住を整えて部屋を飛び出していった。

帰宅したのは深夜になってからだった。

 

「ふう。。。俺、お前たちに、、、。」

 

疲れた顔のケイタは何かを話そうとして、でも途中でやめてしまった。お前たちって、捺美ちゃんと俺のことか?

 

「捺美に返信しないとな。この汚い部屋に入れる自信がないよ。」

 

最近の忙しさでケイタは部屋の掃除はおろか、洗濯も洗い物も溜まりがちだった。

捺美ちゃんが来る数時間前に慌てて表面だけ片づける、俺はそれをよく知っていた。

仕方ない、ケイタはそれだけ勉強も忙しいのだから。

 

「あぁ~。。。困ったなぁ。。。このままじゃあダメだ。。。」

 

そんな弱音を吐くのは、俺が来てからは初めてだった。

 

なんでだ?お前はすごくがんばっているじゃないか。

勉強があるからって、酒もほとんど飲まない。

それに俺の世話は焼きすぎるほど、焼いてくれる。

 

 

「でも、確実な就職を勝ち取るには、やんないと。」

 

 

俺を抱き寄せながら語る低い声は、信じられないほど男らしかった。(第10話終わり)

 

 

小説『ふうあーゆー』テーマ曲~時空の音色~ 作曲・演奏 田中幾子

 

 

 

 

ふうあーゆー⑦

捺美ちゃんは、週に2、3回訪れた。

そのほとんどは、塾に行く前の数十分と、土曜日の午後だ。

 

二人の様子を見ていると、捺美ちゃんはがんばって勉強していることがわかるし、ケイタも大学の勉強や就活も真剣に向かっていることがわかっていった。

 

捺美ちゃんがバイトをやめたのも、勉強のためだ。ダイエットは、それはケイタのため、なんだけどさ。。。

ただでも、一緒にいるときの会話のほとんどは捺美ちゃんの勉強のことだった。

 

ケイタは、かなり面倒見がいい奴のようだった。

それに、とても親切なんだ。

捺美ちゃんが何かに興味があるようなことを言うと、次に会うときまでにはそのことを調べて必要な資料も印刷してあげているし、何か食べたいときもまずケイタが作ってあげていた。

捺美ちゃんがそのことを気にすると、

「大学入ってからお返ししてもらうよ。」といつも言う。

ケイタもケイタでバイトもあるし、暇じゃないはずなんだが、こいつはいいやつなんだな。。。

あーぁ、俺もこのくらい勉強できたらなぁ。そしたら、もっと捺美ちゃんにいい思いさせてあげられるのに。

 

 

「ふうは、お利口だよねー。」

急に捺美ちゃんが言う。

今日の彼女はサラサラした髪の毛がとてもきれいだ。ただ、整髪料の匂いがジャマだな。俺が猫じゃなかったら、そんなこと気にならないんだが。

「そうそう、最近はちゃんと食べるし。ただでも、ちょっと寝すぎだけどな。普通はこの年齢だともっと遊ぶはずなんだって。」

「なんだか、普通の猫と違うよね?私たちの会話もじいっと聴いてるし。目にすごく何かあるような気がする。」

「そうだよなぁ。ふうがうちに来て、、、3週間くらいか。3カ月経って飼い主が見つからなかったらこのまま俺たちのふうになってもらおうかな。そうしたら、盛大にお祝いしような。」

 

ケイタの声はほんとうに嬉しそうだった。ケイタ、こいつに俺は好かれているんだろうか?

「そうだね!そうなったら嬉しいなぁ。」

 

あぁ、ほんとに似合いのカップルで悔しいなぁ、ちくしょう。

 

ケイタはそんなに美男子ってほどでもないが、俺よりはずっと顔がいいし、捺美ちゃんに対して常にレディファーストだし、こないだだって、捺美ちゃんから夜電話かかってきたときもすぐ飛び出していったんだよな。

あのときは急な豪雨で捺美ちゃんに傘がないからって、持っていってあげてたんだ。捺美ちゃんも家族より先にケイタに連絡するんだな。頼れるもんな。

 

「捺美さ、この鈴どう思う?」

「これね、なんの素材なんだろ?どうして金属なのに風鈴みたいな音がするのかしら。」

「俺さ、今度工学部のやつに見てもらおうかと思うんだよね。」

 

こ、この鈴か??

 

そうだ、俺が猫になっちまったあの日も寝ながらこの鈴の音が遠くから聞こえてきたんだよな!

 

俺だって知りたいよ。(続)

 

この小説のテーマ曲です。併せてお楽しみください。