二宮金次郎

『読』 2019.1007

最近、読書量が急に増えた。

元々、かなりの読書好きで活字中毒、小学校のときは二宮金次郎ばりにランドセルを背負ったまま登下校中に読書し、お菓子の箱に入った能書きに至るまで読み耽るたちなのだが、

この数年は、音楽活動が忙しく、ほとんど読んでいなかった。

 

だってだって、読んでたら何もかもしなくなっちゃうんだもん。

 

あとまぁ、楽譜を読むということがかなり読書に近い行為のようで、いろいろと音楽の研究をしたりすると、あまり読めなくなる。

 

不思議ですなぁ。

 

なんだが、とかく最近は読書が楽しくて、特に現代の作家による小説を読み漁っているのだ。

 

池井戸潤に石田衣良、こないだ読んだ湊かなえ。。。

 

これまでは、読書のときには音楽のようにあまり分析できていなかったのだけれども、それもできそうになってきた。だから、非常に面白い。

 

こうなると、もっともっと。となってくる。それが気持ちいいし、楽しい。

 

あ~早く、自分でも次を書きたいな!

 

素直すぎてつまらん日記だな。そんな、今日でした。

 

2019年の集大成!11月24日「かっこいい曲しかやらない」ヴァイオリン・ピアノデュオ『美会夜会』 原宿カーサ・モーツァルトにて。

 

オールパガニーニシリーズ 10月22日『パガニーニ・ミーティングス vol.3』

 

 

『泣』 2019.0508

自覚はないのだが、相当活字中毒な人間であって、気が付いたらいつも活字を追っている。

個人的に好きなのは、ちょっとした箱に入っているお菓子についてる能書き。

昨今はこの能書きが、ただのパンフレットと化していることも多いのですが、私はぜひ文章を読みたい。創業の歴史なり製法へのこだわりなどが美しい言葉で書かれているのですよね。あぁ、お菓子への愛情っていいな、と思う幸福を感じられる。

 

ま、私の小学生時代は薪でなくランドセルを背負いながら本を読むという二宮金次郎ぶりであったので、やはり活字中毒者と言える育ちなのかもしれない。

 

で、そんな私が好きな書物のうちの一つに辞書がある。

 

例えば、私の持つ英和辞典の「spring」の項を見ると、動詞としての跳ぶ、おどる、はねる、といった意味のずっとあとに名詞として跳躍、飛躍、跳ね返り、などが続き、そのあとに泉、源泉、そして温泉、春、と来るわけであります。

こういうのを読んでいると、

春という季節と、春に見られる現象とが同じ言葉として用いられているかのようで、

心密かに「ほぉ~~~っ。。。。」と感心するし、

この楽しみに延々と浸っていたい。。。

という欲求に駆られるのです。

 

でも、そんな時間はない。私は練習しないといけないのだ。

なので、泣く泣く書を閉じ、練習部屋へと戻る毎日である。

 

そんな、今日でした。

 

楽しみを犠牲にしてがんばっているソロコンサートのお知らせ 20197月7日「青の時代 Vol.3」