ヴァイオリン

『目』 2020.1012

都会生活が長いからなのか、目の使い方がおかしくなっていたようだった。

 

私は裸眼である。

 

それが、この都会で独りでクラシックのヴァイオリン活動を展開するというある意味緊張が常にある生活のせいか、物の見方がおかしくなっていたようだ。ふと、気がついたら見なくていいような駅での光景、街中の看板、物体、それらをつぶさに観察するかのように凝視していたようだった。

 

なぜ、そのことに気がついたかというと、YouTubeを本格的に始めてにPC画面を凝視する時間が今までの数倍ほどに増えたからだ。特にDTMに取り組み始めたことが大きい。

 

先週の今頃、私は書物を開いても数分しかもたない自分に危機感を覚えたのだが、

そのときふと

あぁ、見なくてもいいものは見なくていいんだな

と急に肩の力が抜けたような感覚となり、その日から「敢えて見ない」生活をしてみたらだいぶ調子がいい。

 

これが、目だけの問題ではなく頭もすっきりと穏やかになってくるのだから不思議だ。

思っている以上に余計な雑踏にかき回されやすいのかもしれない。

 

おかげさまで、件の書物は最後まで読み終え、こうしてブログ更新もできるほどになったから嬉しい限りだ。

 

これにより、より周囲を誤解させることがあるのかもしれないので、それについてはあらかじめお詫び申し上げておく次第であります。何故なら、私は何も見ずに何も考えていない時こそ「すごいこっち見てるよね」とか「どうしたの、何かあったの」などと周囲の方々をそわそわと落ち着かない気分にさせてしまうからなのです。無駄に目が大きいからであるようです。申し訳ない。

 

写真は、三省堂本店で仕入れた亀の子タワシのスポンジ。楽しそうでしょ?

そんな、今日でした。

 

狂おしいほどパガニーニ『Paganini Meetings7』

『次』 2020.0927

これをお読みの方は既にご存じであろうが、私は最近You Tubeを始めた。

いや、前からやっていたのですが。本格的に始めた、ということです。

 

コロナ、明けないと思うんだよね当面。来年中だって以前のようにはできないかもしれない。当初から言われていた数年かかるという見通しはそのとおりだと感じる。もちろん、早期に明けてくれればそれが一番願うことでもある。

そんな中、活動場所の確保とそもそも私をもっと知って頂くためには、やはりこういうやり方になるのだ。

 

それでね、You Tubeで定番の曲からやっているんだけど、以前から私に興味持っていらっしゃるあなたにはちょっと物足りないのかもしれない。

 

 

で、以前はこんな感じ。

今見ると、私このクラプトンもっと格好良く弾けるな。やりたいぜ。

あと、神田路上。

 

で、そういう曲を私が嫌いかというとそんなことはなくて、世の中の楽しい音楽は大体好きである。クロノ・トリガーとかやりたい。スマホにも入れてるんだけど、スマホでネズミが捕まえられない。

 

実は次の企画も温めており、それはすごくアーティスティック。文化庁の補助金次第ですがもらえなかったら来年自前でやる。あと、You Tubeをがんばる理由となる目標もあり、それはまだ秘密。

 

本当は言葉でなく、演奏で伝えたいのだが、

そのとき弾いている曲に私は完全に恋しているから、私が弾くもので自分が好きではないものなんてないのだ。でないと暗譜なんかできないよ。なんで覚えるかって、その曲になりたいからさ!私は音になりたいんだ。

 

そんな気持ちで始めたYou Tubeです。ぜひ応援して頂ければ幸いです。画像は最近のお気に入り三つ編みです。

 

 

最後に、懐かしい渋谷La.mamaでのボロディン。実はこれが私にとっての一番の定番なのです。

 

そんな、今日でした。

 

次回本番は11/1『Paganini Meetings 7』

コロナなのでアルバム作りました。『我儘なソリスタⅠ・Ⅱ』

 

 

『幅』 2020.0906

この夏はだいぶバテてしまっていて、このサイトもほとんど更新できなかった。雨の国、佐賀県で生まれ育ったのに、湿気に弱いのです。まるで楽器と同じである。

 

そんな中、昨日はおかげさまでオールパガニーニプログラム『Paganini Meetings6』を開催でき、お客様にもお聴き頂けたしアルバム『我儘なソリスタ』もお買い上げ頂いた。

 

で、数少ないコンサートの合間は何をしているかというと、

練習をするのはもちろんのこと、まぁ日々の動画も撮影しているし、あと案外忙しいのは私は趣味と実益を兼ねてバレエをやっているから、夜寝る前はストレッチとバレエで、バレエ用ストレッチというのは凄まじい筋トレでもあるので非常にくたびれる。ただでも、そのぶん鍛えられると思ってやっている。それに、私は踊れるようになりたいのだ。

 

そう、踊り。

 

あと、皆さんご承知のように私は文学好きでもあるから、自分も書きたい。いろいろな書物に手を出していて、あぁほんとは幼い頃のように一冊をほとんど覚えきるように読みたいなぁ、そうできたら素敵だろうなぁ。

 

それはそうと、ピアノの練習においては、まず暗譜することを心がけるようにした。ヴァイオリンの練習は、音階や基礎練習、練習曲、曲、全て暗譜することから始まっていて暗譜してからが自分と音楽との関係になっていくのだが、ピアノはあまり暗譜したことがない。私のピアノが上手くならないのはここにも原因があると思い、今やさしいバッハから暗譜に取り組んでいます。これは作曲のためでもある。

 

そんなわけで、たいした人生でもないのだが、こうして幅広く芸術を行っていきたい、と思うのであります。写真は、最近アップしたロック動画のサムネイル。かっこいいからぜひ見て下さい。

そんな、今日でした。

動画はこちら

『成』 2020.0810

今夜もバレエの練習をしていて気がついたことがあった。

 

夢は、音になりたいというのが子どもの頃からあって、それは子どもらしい夢であったかとヴァイオリンをやめていた頃なんかは思っていたのだけれども、そうじゃなくて私は未だに少女だった頃と同じ夢を持ち続けている。

去年から始めたヴァイオリン一本活動でそのことに気がついたのだけれども、

ここに来て、その夢の源となる自分の存在を発見した、ついさっき。

 

それは、

踊っているとき、ひたすら私は流れゆく音楽に想いを馳せ、憧れる。この感覚を音にしたいとヴァイオリンを練習すると音への憧れが焦がれて仕方ない、あぁ今のこの音になりたいよ、この瞬間のこの音に!

そして、私はいつもバレエにも音楽にもその遥か底辺から物語が語りかけてきているかのように思うから、その聴こえない声にも耳を傾けてなんとかしたいとじたばたとする。だって、お話しのないものなんて存在しないから。

 

今夜は、遥か幼い頃から一貫してあったものを見つけたのだ。それは私自身だ。良かった。

 

 

 

そんな、今日でした。

 

こんな思いで作ったコロナ禍ソロアルバム『我儘なソリスタⅡ』

Photos 2020

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『芯』 2020.0726

ちょっと前に、微熱が続いていたことがあったから、いくらか検査したり相談をしていた。私のことを知っている方はご存じかもしれないが、実は元来虚弱体質であるので、微熱といった不定愁訴的な症状は幼少のときからの付き合いだ。いくら検査しようと、何も出てきやしない。そういった人生を歩んできているので、今更という感じではあるのだが、人から薦められたものを一通り行い、結果何も出てこなかった。

 

ただまぁ、人に相談しているうちに、いい発見があって、それは身体の中心線を鍛えるということ。

中心線というのは、身体の脊髄のあたりを上下に通る細い線で、この芯がしっかりしていないと演奏なんてのはできやしないから、割合気をつけてはいるほうであるのだが、これを今まで以上に意識するというのだ。というのは、この線上に大事な神経がいくつも通っているから、脊髄の働きが良くなり、結果血の巡りが良くなるからだ。

 

で、これが

身体の具合と共に、演奏上にも非常にいい。

 

あぁ、今まで気を付けているほうだと思っていたけれども、そうではなくて、

自分のためにずっと求めていくのだな、と思った。自分の芯を。

 

全てにおいて、芯を求めよう。そう思ってこういった写真も撮っている。

 

そんな、今日でした。

次回パガニーニは2020.0905 Paganini Meetings6

本日、オールパガニーニコンサート『Paganini Meetings5』無事開催でき、お越し下さった皆様、ありがとうございました。何しろ、この歴史的なパンデミックの中での開催である。やるほうも、来るほうも尋常ではない。それぞれ多くのものを抱えてきていると思う。私は、ひたすらに彼の美しい音楽と、奇妙なリズムに翻弄されました。

 

加えて今日は、私アイティの2ndアルバム『我儘なソリスタⅡ』先行発売を行った。今日の共演者、ギタリスト富川勝智氏にも参加してもらったアルバムだ。終演後早速聴いてくださったお客様からは「涙が出そうです。」「最後の曲へ行く流れがとても好きです」といったご感想を頂いた。何しろ、売れないヴァイオリニスト。その一言だけでもたいそう嬉しい。

 

そう、私は売れないヴァイオリニスト。

これをお読みの皆様は十分ご承知のことだろうが、昨年から今の活動を始めて以来、今のところ一向に売れる気配がない。そこにきて、このパンデミックだ。どうしろというのだ。弾く以外にアピールする道がないというのに。

 

でも、こんな私でも支えてくれる人たちがいて、今日のギタリスト富川氏もそうだ。私は富川せんせ、と呼んだりしているが、それは彼が音大の先生だからであって、私は大学の先生という人に親愛を感じているのだ。私の亡き父が大学で数学を教えていたからだ。

 

今日の本番の準備、アルバムのレコーディング、それ以外でもとてもいい時間を過ごせて、改めて「あぁ、私は生きた音楽の中にいないとダメ」と思った。細かいことは気にしない、私が化粧しようがしまいが気にしない、音を外そうがそうでなかろうが「今日はそういう調子なんだね」と言ってくれる。だいたい、今までだって、こういう会場でやりたいとか、この共演者たちとやりたいとか、そういったことをぜーんぶ「うんいいよ、わかった」って言ってくれる。しかも実力派。そんな人滅多にいない。

 

だから、私は今度9月5日にこの6回目をやります。

 

それ以外に私がいる道はないから。

 

ま、どーせ、この先2年ほどは何もできやしないんだ。と、思うのでせっかくだからパガニーニについて詳しくなりたいし、いろんな作曲家を調べるついでの断片でしか出てこない彼のことについてもっと知っていきたい。もちろん、弾くうえで。

これも、富川せんせは「あー。いいよー。」って答えてくれるんだこの安心感!

 

さて、今日のプログラムです。

 

ソナタ・コンチェルタータ

オペラ曲集6より、ソナタ1、4、6

「24のカプリス」より13番、24番

ギターソロ

バルカバ変奏曲よりムタ1番

チェントーネソナタ第6番

 

次回9月5日も番号は違えど同じようなプログラムでお届けし、弾く人も同じですが、まるで違う音楽をお届け致します。

なぜなら、生きているからなんだ、売れようが売れまいが。どれだけ弾いたって悪魔な音楽、そして間抜けな愛らしい旋律。ここへの気持ちは変わるまい、永遠と。

 

写真は、会場エムズカンティーナの控室。読みたかった。

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『録』 2020.0709

地味にオリジナルアルバム二枚目を作成していたのですが、とうとう発売日や内容に目処がたってしまった。

だって、昨日、来週のコンサートのリハでギターの富川せんせにゲスト参加頼んだら二つ返事でオッケーで今日録音したんだもん。渋谷のせんせのスタジオで。おかげさまで超いいの録れたよ!ギターの音がしっかり入ってて聴いているだけで幸せだ!私好みの金属っぽさに深い音色!

 

こーなったら、何が何でも間に合わせるしかないぜ……と、豪雨(誇大表現)の中帰宅したら真っ先にピアノに向かって2回くらい練習して、難しくて自分じゃなかなか弾ききれやしない私的伝説が幾多あるオリジナルピアノソロを録りきったのでした。良さそうなものが録れたから、いいかもしれない。

 

私の夢の一つにさ、

富川せんせとのデュオで、ヴァイオリンの共演はピアノでなくてもギターもいいんだってことを知ってもらいたいというのがあって。二枚目には彼に参加してもらいたかったんだよな。なので、がんばって7/19『Paganini Meetings5』に発売できるようにやります。

 

そんなわけで、たくさん録音しきって軽く放心している今だよ。あ、ピアノに向かう前にうがい手洗いは済ませたからね!19日は皆さんぜひできる範囲で聴きにいらしてね!

 

そんな、今日でした。写真は、彼が使ってるマイク。

『曲』 2020.0625

曲を書くときに、無意識のうちに昔から親しんできたものを書こうとしている。

昔から親しんできたものというと、ベートーヴェンやヴィヴァルディ、チャイコフスキーといった大家で、もちろんそんなものを私が書けるはずがないので、ここで言うのは、彼らの音楽の形、構造のことだ。

クラシック音楽の用語で「ソナタ形式」というのがあって、主にその形をやろうとする。ヴィヴァルディの時代にはソナタ形式はないんだが、面白い構造であることには変わりない。(ソナタ形式については、以前こんな解説を書いています。『パガニーニの呪文』

 

アルバム『我儘なソリスタ』を発売する前に思いついたメロディがある。なかなかいい旋律なのだ。ただ、どうも私はこれを活かせないでいる。そんなこんなでアルバムは出来上がり、私は今他の曲も書いている。歌の曲も2つできた。

ふと、気が付いたことは、歌の曲のようなシンプルな構造のものをあまり考えられないのだ。2つの歌の曲はするするできてしまって、作った気がしなかった。リズムが歌っぽいからそうしたという理由だ。

歌の曲というのは、歌詞があるから、曲の構造はごく単純でわかりやすいものが多い。クラシックもポップスも関係ない。ベートーヴェンも歌の曲は書いてますけど、私が親しんできたのは、オーケストラ作品にピアノソロだから、彼がここぞとばかりにあらゆる形式や構造の組み立てを凄まじく練り上げた作品、まるでそうでないと音楽でないような気がしていたんだ。

 

でも、歌の曲もいいよ。モーツァルトのオペラアリアなんて、すっごくシンプルな形ですごく楽しいメロディ。そんなのがわんさかいる。

 

ここで、頭を切り替えて、歌の曲のような形もトライしてみようかな、そう思った次第であります。

そんな、今日でした。

 

写真は、よくわからないメモ。

 

 

『溜』 2020.0624

気候のせいか、しばらく寝込んでいたのでいろいろなことが溜まりに溜まっている。で、生きるのに必要な物事から片づけていくから、楽器の練習が一番最後となってしまった。というのは、練習する前にそもそも調整に預けていた楽器を取りに出向くことから行わなければいけなかったからだ。

取りに行った日は、久しぶりの外出に疲れ果てて、少ししか弾けなかった。

翌日は、練習してみたら身体を動かす神経がなまりすぎていて言うことを聞かない。今日は古来からの芸術家たちがよく言っているつまらないことを数多く片づけたため時間がなく。

と、こうしている間に、やりたいこと、自分が芸術的にやらなければいけないことが溜まっていく。溜まりに溜まっていく。

 

ここで今、ふと気が付いたのだが

 

こういうとき、私はいつも溜まる、と感じる。

 

なんだけれども、もしかしたらこれは貯まっていっているのかもしれない。

 

私の芸術の元が。

 

 

そんな、今日でした。

写真は、暑くなってきたから出した扇子。