ピアノ

『即』 2020.0406

どうも。今日も自撮りに励むアイティでございます。

あ、ちなみに、アイティってのは、昨年末頃から自称し始めた芸名ですんで、本名をご存じの方や、そうでない皆さんも、お好きなようにお呼び下さって構いません。田中さんでもいっこさんでもいくちゃんでもアイティでも、中にはI・T Violin  アイティさんとお呼び下さる方もいらして、ほんとに申し訳ない。なんでもいいです。幾子って呼び捨てだっていいんだぜ。

そーいや、昔高校時代にはたないくと呼ばれていたことを思い出した。

そんなこたぁどうだっていい。

 

最近、ライブでやっていた「お題を頂き即興アドリブリクエスト」をSNSで始めたのですが、

ほら、私フォロワー少ないじゃん?

 

だから、即興にはならないんだよね……どーしても、タイムラグが生じちゃうから。いや、SNSでだって、お題頂いた瞬間に大体思いつくし、そのあと実際撮るまで考えてないから自分としては即興ではあるのですが。

 

ライブではね、お客様とおしゃべりしながらイメージ固めて弾くんだよ。正に、即興。

 

SNSでもライブ機能あったり、ツイキャスとかライブ配信できるサービスがあるのも知ってるんだけど、

そんなの、もっと見てくれる方が増えてから。かな~。

 

あと、やるならちゃんと投げ銭などして頂ける形にしたい。コロナを境にライブ配信が無料なのが当たり前になってしまうと、他の舞台関係者全般にまで迷惑をかけてしまうから。

などと思っています。

 

ま、この状況は相当長く続くだろうし、その間私も腕とついでに美貌でも磨いてやっか!と鼻息荒くしてるんで、しばらくの間は画面の中のわたくしで散々お楽しみ下さいだぜ。

写真は、春帽子でお出かけしたい私。

 

そんな、今日でした。

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『次』 2020.0401

エイプリルフールですね。

残念ながら、私にはクスッと笑ってもらえるようなジョークの素質はないため、常に体当たり本音の話ししかしない。すみません。

 

今考えていることなのですが、今後の予定についてです。

 

年内はコンサートは開けないだろうな。来年になっても難しいかもしれない。私のコンサートは満員になるほどじゃない、そんなに人が集まるわけでもないですが、でも。

感染症というやつは、人が少なかろうと移るときは移る。

 

4/3の神田SHOJIMARUは、現地でのライブ配信も中止になった。18日ソロコンサート『我儘なソリスタ』も難しいと思う。5月のオールパガニーニコンサート『パガニーニ・ミーティングス』、6月に予定していた、生演奏にバレリーナに踊ってもらう特別な夜『繚乱遊戯』。これもきっとダメだろう。ラヴェルやフォーレのヴァイオリンソナタにのせて踊ってもらうなんて、最高にお洒落な大人の夜になると思っていたんだが。

 

ま、そういうのは収まってからのお楽しみですね。

 

というわけで、私が今考えているのは、古典的だがCD作成です。

自分で弾いて自分で録れば、作業は私一人。うちでできちゃう。あの、youtubeとかにあげてるのも、ほんとにうちで自分で多重録音しているんですよ。例えば、こういうやつ。

 

 

最近の録音機ってほんとに高性能で、このくらいの音質ならこんなこともできちゃう。技術の進歩ってありがたい。すごいことですよね。だから、年内のコンサート全部取りやめると思う。だって、もっと進歩してもらいたいから。

そのぶん、練習して、いい曲書いて、ピアノも上手になって、録音してCD作ろうと思う。今の構想は、毎月新しいCD作るつもり。その都度、テーマ変えて、私はクラシックからオリジナルまでいけるから。

ジャケットとか、ライナーノーツも自作のつもりです。

 

そうして、売り上げはずっとお世話になっているコンサート会場や、これからキャンセルすることになりそうな出演者、私が心からその芸術を愛する彼らと分配したい。ほんとは、年末にすっごいのやろうと思ってたんだ、こんなのかつてやったことがある人いないよね、ってやつ。ヴァイオリンでクラシックで!?って誰もが驚きそうな、格好良くて楽しくて、そこにいるだけでセンスよくなりそうな嬉しいやつ。

 

今は、感染を抑えるためのことを最大限努力したい。

 

だから、CD作ったら買って下さい。そうしたら、安心で安全に活動ができて、上述の人たちに分配できるから。

そのためなら、私はできることは自分の力以上にやる。全て、じゃないよ。その上までやるんだから。

 

そうして、私は生き延びたのちにもっと大きいことができるようになっていたい。今でだってたくさんの方のご期待、ご助力を頂いて活動していてこれらは全て出世返し。私には出世する義務があるのです。そうなったのちは、必ずやプロの仕事によるいいコンテンツをお届けしましょう。今は私の手作りしかできないから。

 

販売は、STORESやBASEといったネットショップを利用しようと思っています。

 

そろそろ、この日記でもただのおバカなことを書きたいな。写真は、子ども用マスクがさすがにちっちゃい私。

 

そんな、今日でした。

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『願』 20200325

だいぶヤバイことになってきましたね。新型コロナウィルス。

さすがの私も、このことについて口にしないわけにもいかなくなってきた。

 

いや、こういう事態になって思い出すのは、第二次世界大戦中のウィーンなんですよ。

あのとき、目の前で家族や親友がゲシュタポに連れられていく、自分もいつ連れられていくかわからない、そんな状況下。

本当は禁止になっていた音楽会が毎晩繰り広げてられていたというんだよなぁ……。

 

史実につき、記憶が不確かなもので申し訳ないのですが、

 

ウィーンフィルや有志による音楽会。そこにものすごい人数が集いそれでなんとか精神を保っていた。ナチスによって上演禁止だったユダヤ人作曲家の作品なんかも演奏されていたんじゃなかったけな。だって、あの「パパパパーン」な結婚行進曲で有名なメンデルスゾーンも、映画『ヴェニスに死す』で音楽が使われたマーラーもユダヤ人ですよ。もっと言えば、歴史に残るヴァイオリニストにもユダヤ人は多い。例えば「愛の喜び」のクライスラーとかね。避けて通ることなんてできるもんか。芸術の前では人種は関係ないと言いたい。

それこそ、当時のウィーンフィルのコンサートマスター、シモン・ゴールドベルグだってユダヤ人だった。彼は連行されてしまって、戦後アメリカでリハビリ後また復帰したけれど。

 

ゴールドベルグが連行されたジャワ島の収容所でも、音楽は必要とされていて

秘密なんだけど実際は公然と音楽会は催されたんだよな……。

 

何が言いたいかというと、

 

音楽や芸術文化がないと人はだめになってしまう。

 

あの、気がおかしくなってしまいそうだった戦時中のウィーンでも音楽があったから人は明日を生きることができたし、それをわかっていたからナチスも目をつぶっていた。

 

そうして、そこまでしてやり続けていないと、

 

音楽って、できなくなってしまうものなんです。芸術家にとって、表現するということは、空気や水と同じようなものだから。表現の場がないと枯渇してしまう。我々が、この状況においても活動をし続けようとするのはそういった理由からなのです。

 

ここで、一つのツィートをご紹介させて頂くから、よろしければその文面にある通り、各ライブハウスのyoutubeのチャンネル登録をしてほしい。これをお読みの方々は、クラシック音楽や文学好きの方が多いのだと思うのですが、一人でも多くの方に登録して頂き、実際に各youtubeをご覧頂き、一定の条件をクリアできると各チャンネルは

・広告収入を得ることができる

・ライブ配信ができるようになる

よって、ライブハウスが現況でも収益を得られ、且つアーティストたちのライブ配信が可能になり、私のような末端音楽家でも活動の場を確保し続けられるようになる。

ということなのです。

 

やる場所さえあれば、私はいつだってどこでだって弾くぜ。山の上でだってな!

そんな、今日でした。

 

 

『求』 20200320

需要と供給という言葉がある。それぞれ別個の言葉だが、この場合需要と供給というセットで成り立つ。なぜなら、これは対義語のようなものだからだ。

と、ここで考えてみると

 

そもそも私の活動には需要がない。チーン。

 

と終わってしまうので、せっせと需要がないところへ供給を続けているのであります。供給していれば、いずれ必要とされるのではないか、という極めて甘い見通しによるこの供給計画。

ただまぁ、あまり人様がなさっておられないことを次々繰り広げているという自負はある。

ヴァイオリン一本もそうだが、クラシックギターとデュオを定期的に続けていることは私にはとても大きなことだし、演奏と同時に作曲するクラシック演奏家はそういない。小説書きながらサントラ作る人もそういない。加えて歌って踊るとなると、なんじゃこりゃ、という気になってくるが踊りは舞台パフォーマンスの基本でしょ。踊れる音楽は楽しいよ。子どもの頃からそう思っていたんだから仕方がない。

 

今日も、求められてもいない曲を作り、練習をし、今から創作もするわけであります。

なんでやるのかって言われたら。

 

やんなかったら、人生生きてる気がしないからだろうなぁ。とことん生ききってしまいたい。それしかない。と、せっせと自撮りにも励む。

そんな、今日でした。

『軸』 20200319

最近、楽器を弾いたり作曲したり文章書いたり、と様々なことに挑戦しているのですが、

私の軸はクラシックのヴァイオリンにあるなぁ、と感じる。

 

物事を考えるとき。なにかできないこと、難しいことに当たったとき。

 

ヴァイオリンでやっていることを基準に考えている。

 

つまり、ヴァイオリンで弾く音階やら苦手な重音やらパガニーニの難しさ、ベートーヴェンの重厚で宇宙にまで広がる深い世界、モーツァルトの人間愛に素敵なセンス、バッハの神の言葉、そして私はそれらをまるで弾けやしていないこの野郎!

と試行錯誤しているところが、全ての物事に対する基準となっていて、

 

その基準によると、このピアノを弾くのに私はどのくらい時間がかかる、だとか。この歌を歌うにはどのくらいのレベルになるだとか。

そんなふうに考えている。

 

で、まぁ

ヴァイオリンだったら、ロックのすっごい渋いやつとかキレたヴォーカルとか、そういう表現も、自分の中のクラシックに置き換えると「うぉ~後期ロマン派な音だ」「超バルトークっぽい!」「この雰囲気完全にイザイ」(※全て個人の主観です)

みたいなことを無意識に思っているし、きっとそういうふうに弾きたいと思っているんだと思う。だから、あまり考えることもなくそれぞれ雰囲気に合わせて弾こうとしているというか。

 

で、ピアノとか歌とかバレエとか文章は、とてもここまで至らない。考えたくても考えられないんだな。

ほんとは、ギターも弾きたいんだが。

 

写真は、無意味にギターとツーショット。

そんな、今日でした。

 

『決』 20200227

いやもう、大変ですよ。

私がわざわざ申し上げることでもないけれど。既に皆さま大変な状況にいらっしゃることと存じます。早く安心したいですね。

 

私は私で予定していた3/12『幻楽夜話』は中止としたし、とても残念でおります。

 

で、決めたことがある。

 

まるまる一か月近く予定が空いたから、この期間に作って作って作る、ということ。

 

先週、公演の中止を決めてから、もろもろの対応を行い、ふと気が付いたらたくさんのものが手から生まれようとしていた。ピアノに向かうといくらでも出てきそうだった。初めての体験だった。

そっか、弾くものがたくさんあるときには出てこないんだな。

そう思った。

 

今の活動を始めてからおよそ一年、作曲や執筆もなんとか手掛けていたけれど、ヴァイオリン一本とか路上とかパガニーニとかやっていると心身ともにそっちで忙しくてなかなか創作までは向かえない。この数日、それが一気に解き放たれた感じがした。だから、これから表に出られない期間はすぐに創作に向かう、そういう切り替えができるようになる自分でいたい。

というわけで、創作作品は、仕上がり次第お目にかけたいなと思っておりますので、ぜひご期待くださいませ!その他にもいろいろと準備中だがね!4/18ソロコンサート『我儘なソリスタ』はぜひお越しください!

 

写真は、こんな大事になってしまうしばらく前の生中と私。

そんな、今日でした。

 

『馬』 20200213

馬と言えば、擦弦楽器の弓の毛は馬のしっぽで出来ている。

天然のを、漂白してあるんです。あまりにぼろぼろなのは取り除いて。これを弦にこすりつけて弾くんだから、弾いているうちに摩耗してくる。それをたまに交換するのを毛替えと言います。

あと、ラヴェルのツィガーヌという曲があるが(ツィゴイネルワイゼンと同じくジプシー調の超絶ヴァイオリン曲で実はツィゴイネルワイゼンを遥かにしのぐ難しさ)これの冒頭なんか、私のイメージは「馬みたいに弾く」だ。馬が鳴くときのあの勇ましさ、そして野生。そんな感じがする。

 

てなわけで

 

今朝ははるばる、横浜馬車道まで出かけて参りました。

これについては、のちのちおもろいものを発表する準備に邁進しておるので、今しばらくお待ち頂きたいのだが、

 

同行メンバーは、津原泰水。そしてピアノ藤井麻理。

 

先生と麻理ちゃんと3人で朝っぱらから楽しいコトやってきたぜ!!

 

コトが済んだあとは、3人で気持ちがいいお喋り。先生の話題の豊富なこと!普通じゃないね。さすが次々と引き込まれる作品を出されるはずだ。それにしても、先生の語り口は愉しい。柔らかい声に、優しい眼差し。まるでずっと浸かっていたい変ロ長調のフラット2つの幸せ。

 

写真は、コト済んだあとの間抜けな私の背中と佇む先生。撮影は麻理ちゃんさ。

そんな、今日でした。

 

私以外は2人とも先生。文学と音楽が出会うコンサート『幻楽夜話』~超絶ヴァイオリンが再現する名作文学に流れる調べ~

『左』 20200202

3/12『幻楽夜話』の準備をしている。

内田百閒が書いた『サラサーテの盤』には、サラサーテの自演レコードのツィゴイネルワイゼンの演奏が登場するのだが、

まぁ、このサラサーテという人の音楽には、しばしば左手ピチカートというものが出てくる。

 

で、この左手ピチカート。

 

正直、苦手なんだよね。

 

指の力が強くないので、弦を押さえたままはじく、というのがなかなか要領が得られにくい。特に、こういうところは曲のスピードも速いですしね。

 

で、私が開発したやり方は

 

①直前に弾く音の左指を押さえる力は極力弱く、音の響きは右手の運動でだけ出し、且つ、右手は強めに弓を押さえる。

②3、4の指と同時に押さえていた1の指も弦から離す。(こうすることで左手の力をできるだけ楽に使えるようにする。)

③ピチカートが終わった瞬間に左指はしっかり次の音を押さえる。

 

こうすると、私なんかでもサラサーテの左手ピチカートが形になってくる。

 

ね?音楽は解説で読んだってよくわからないでしょ?というわけで、実演をばご覧あそばせ。ご予約はこちらでございます。3/12『幻楽夜話』

 

そんな、今日でした。写真は、そのピチカートの指。

『譜』 2020.0128

こんばんは。アイティです。

 

今日は、母校の大学図書館で3/12『幻楽夜話』で使う楽譜をいろいろと調べてきた。今回は、ヴァイオリンのために書かれた曲ではない作品も演奏するため、下調べが必要なのだ。

アレンジ、というやつをするのですが、

アレンジするにも材料が必要。

それも、良質な材料がよろしい。だってさ、センスいいものは古くたってセンスいいのよ。芸術ってそんなものよ。

 

で、資料として使うために結果として大量にコピーをし、実際に音を出すのはうちに帰ってから。

ほら、早速見つけたよ。「これ、音おかしいんじゃ?」スコアと照らし合わせる。「う~、この音採用したのかぁ。(無言)」

オーケストラの曲をヴァイオリンとピアノで弾いたりするのですからね、それ相当の工夫というものが必要になるわけで、で私みたいな人はこの工夫が超絶楽しいったらありゃしない。

 

何せ、人生かけて遊んでますからね!

 

写真は、サラサーテのツィゴイネルワイゼン。自演盤は残された楽譜と違う音を弾いている。

そんな、今日でした。

 

『弾』20200116

今年は、サラサーテの年となりそうだ。

Twitter、Facebookページでお知らせしているが、3月12日に作家の津原泰水先生の解説を交えて文学に出てくる音楽という内容のコンサート『幻楽夜話』を開催する。既にお問い合わせも頂いているが、ご予約方法など詳細をご案内した告知ページを間もなく公開予定なので、もう少しお待ちくださいませ。

 

ただ、曲目はフライヤーで発表しているとおり、

クロイツェル・ソナタや、サラサーテのツィゴイネルワイゼンなどを演奏する。

 

そう、ツィゴイネルワイゼンだ。

 

去年、パガニーニを山ほど弾いていたときにはまさか自分が翌年にはサラサーテを弾くことになるとは思っていなかった。というのは、ツィゴイネルワイゼンのノリがいまいち掴めなくってずっと敬遠していたから。この人の他の音楽は大好物である。アンダルシアのロマンスとか。

でも、ジプシーヴァイオリンの話しを津原先生から教わっているうちに、なんとなく感触が掴めたんだよね。それで、できると思った。

で、今年は別でもこの人のカルメン幻想曲をやるかもしれなくって、こっちはまた大曲だ。

 

あと、4月18日に去年やっていた、ほんとに全部自分一人だけで弾くソロコンサートの改定版を開催予定で、この日はものすっごい大曲をやろうと思っていて、只今そっちも練習中。

で、今日はそんなのをやる前にゆったり音階を気分よく弾いておりました。気持良かった。

 

そんな、今日でした。