Notes

Performed by I.T

アイティのオリジナル楽曲をご試聴頂けます。

 

『工場地帯午前0時』

『冒険ピエロ』

『雨女』

『夕景』

『見晴らし台まで』

 

ダウンロード販売サイトはこちら

 

ともよさんとみやびちゃん

8/26『原宿仮面舞踏族  Dear Amadeus』共演ピアニストの堀部ともよさんとパーカッションのみやびちゃん。

 

まず、ともよさんのご紹介。

東京生まれ。4歳よりピアノを始める。北鎌倉女子学園中学校音楽科、高等学校音楽科卒業。東京音楽大学器楽科ピアノ専攻卒業。同大学院鍵盤楽器専攻室内楽研究領域修了。 ピアノを日比谷友妃子、武田真理、花房伸江、青柳いづみこに師事。室内楽をクラリネット奏者の吉田誠に師事。 2006年よりマリンバとデュオで演奏活動開始。毎年リサイタル開催中。2009年ピアノデュオリサイタル開催、2017年、自身主催のサロンコンサート「クラシック日和」、2020年9月より作品や時代背景まつわるエピソードをとことん語る演奏会「おはなし!クラシック」を開催中。 2019年デビューCD「ともよあずさ」発売。サブスクなどでも発売中。2020年〜世田谷区にあるガーデンカフェときそらの音楽ディレクター兼ピアニスト。月一回のクラシックイベント開催中。2022年1月〜「吉田誠 室内楽セミナー」専属ピアニスト。

 

みやびちゃんのご紹介。

2000年12月1日生まれ。小学校3年でドラムに興味を持ち、打楽器を始めるきっかけとなる。北鎌倉女子学園高校音楽家卒業、現在東京音楽大学4年在学中。これまでに打楽器を西久保智広、村瀬秀美、杉山智恵子、佐藤直美に師事。バンド活動など、ドラムをメインに活動中。

 

 

このお二人は北鎌倉女子学園音楽科という学校から東京音楽大学に進学された大先輩と後輩、なのだが。

実は今回初めて知り合ったんだな。

 

私がともよさんと知り合いで、みやびちゃんとも知り合いで、なんとなく(このお二人ならアイティアレンジにお付き合いしてくれそう……)という勝手な妄想から共演を頼んでみたら二つ返事でOKで、しかも実は高校から大学までまるで同じ、みやびちゃんが習ったピアノや打楽器の先生もともよさんもよくご存知、ものすごい繋がりがあるお二人だったのだ。ちなみに、クラシック音楽界だと師弟関係というのは自分自身の音楽そのものを師匠に育まれて初めて弾けるようになるものだから、とても濃密。”先生と生徒は恋人同士のよう”と言われるほど音楽を通じて深く精神的な間柄となるものであるから、我々の世界では自分の師匠という方は死ぬまで師匠、あの世の向こうでだって敬愛する先生、なのだ。

 

原宿の町の中で出会った、偶然なのに濃い繋がり。

そこに居た私も、驚いている。

 

そんなともよさんとみやびちゃんを写真でご紹介しよう。

 

ともよさん

 

みやびちゃん

 

あら、ずいぶん違う世界で生きていそうね!

 

なんだけど、アイティの手にかかればきっと楽しい音を奏でてくれるに違いない。ベースに同じものを持ったお二人だからね。

それは8/26『原宿仮面舞踏族  Dear Amadeus』会場にて、お確かめ下さい!

 

 

 

『作』 2022.0617

最近考えていることは、販売サイトを作ることだ。

主な売り物は、自分の曲。それとクラシック。文筆。

 

物というより、ダウンロード用。

 

曲に関しては、新曲もいくつかあるしジャズナンバーをアイティアレンジにしてもいい。弾いてもいいし歌ってもいい。

そういった音楽とそれに合わせた言葉たち。

 

なぜそういうことをするかというと、クラシック音楽界では物を売るという考え方があまりないのだよな。でも、毎回コンサートのときに新譜があったら楽しいじゃない。これからやろうと思っているコンサートのシリーズでは、毎回プログラムに沿った新譜を用意しようと考えていて、そのためにまず自分自身で通販ができるようにしようと準備している。クラシックもアイティアレンジにしちゃうよ。

 

だって、ありがたいことに私のCDや物販グッズを全て購入して下さっている方々もいるんだし、幸い今のところ私の創作魂は燃え尽きていない。やればやったぶんアイディアやイメージが湧いてくるから楽しい。言葉やデザインもトータルで創っていくから楽しいのだ。

 

そんなわけで、早ければ今月中には体制を整えようと思います。もちろん、やるからには継続的に新譜を出すよ。

 

写真は、練習後に弓を分解してお掃除する様子。

そんな、今日でした。

 

『生』 2022.06.13

日記をずっとつけていなかった。

本もろくに読めていなかった。

曲も書けていなかった。

 

つい、先日までの私である。

 

なぜかというと、去年春にコロナで”関東平野の成れの果て”のような親元に緊急避難し、都心まで片道2時間半という移動時間と11月にやったオーケストラ公演とで凄まじく疲れ果てたからなんだよな。人生であれ以上疲れることはもうないと思うほど。

で、バンバン曲書いたり歌ったりできるくらいに元気にピンピンしてきているので最近はインスタだの作曲だのやっている。

 

まだ、いろいろと調整中で準備中なんだが定期サロンコンサート企画プロデュースも今年秋冬から始まりそうなので、生アイティをご覧になりたい方々はぜひお問い合わせくださいませです。ものによっては完全クローズドで開催しそうである。(ちなみに、本日記のタイトル『生』は「なま」である。)

「え、秋冬なんて待てないよ!」

その場合は、原宿オーガニックレストランMominoki House にお越しください。毎週日曜日20時頃から投げ銭ライブやっています。基本的にきれいめクラシックしか弾いていないけど。あの、ライヴハウス的なヤバいやつは自主企画でやるとします。ほんとは、それが一番好きなんだ。

あ~、はやくヤバいのやりたいな~。

 

そんな、今日でした。

 

 

 

『細』 2021.1122

ご存知のように、私はつい先日まで「ユア・オーケストラ」にかかっていた。

まぁ大変でしたし、まだ処理があってクロージングできていないんだが、でも今後への展開も望めそうな気配がしてきているし、これがこんなにも世の中において喜ばれる企画であるならがんばって続けようと思う次第であります。

 

具体的にはさ、オケのスコアを見ながら弾いて勉強するのだが、その弾く前にマーカーでいろいろ印つけるんだよ。このメロディラインがチェロから木管楽器に移り変わるだとかさ、ここのリズムは目立ちにくいけど絶対重要、これ聴こえないと演奏が崩壊する、とかさ、ここの合図の出し方難しいからこれだけはリハで要確認とか、このメロディを全パートTutti(トゥッティというクラシック音楽用語で、ソロに対して全員という意味合いです)だとその合図がすごく難しい、どうやって決めるか、とか。そう、Tuttiでメロディって結構怖い。特にメロディアスだと音符を長く伸ばすような瞬間でずれやすいんだよ。そういうことを私はよく知っているんだよ。あとユアオケの人たちはみんな超絶上手くて腕に覚えがあるような猛者揃いだからそのへんも共通認識なんだよ。その時に私がどういう合図を出すかで全てが決まるんだよ。

私は今までオケのコンマスをやったことは実はなくて、なんで今回その任務を引き受けることにしたかっていうと、昔のウィーンフィルで最年少かな、そのコンサートマスターを務めたシモン・ゴールドベルクっていう凄腕のヴァイオリニストがいてさ、その方は晩年に日本人ピアニストと結婚なさったからコンマス時代のことなんかを連載記事で暗記するほど読んだからなんだよ。ナチス政権下でユダヤ系だった彼は大変な目に遭ったが戦後しばらく休養期間を経て今度はソリストとしてカムバックした、という方なのだが、その方が

 

ジャワ島のユダヤ人収容所で

唯一、私物の持ち込みを許されて

それがストラディヴァリウスで

強制労働はわりと簡単なもの

で、

 

いつまで続くかも分からない気が狂った政権下で人達も気が狂いそう、そんな中その収容所では非公式にコンサートが許された。

彼は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の総譜を全て暗譜しており、わずかな紙切れや木の葉まで使って残り少ないインクのペンで書き記し、同じように捕まったユダヤ人音楽家たち(アマチュアもいたようだ)と演奏をした、と。

 

それは本来ならば決して許される行為ではなかったのだが、精神を保つためには将校たちにも必要な出来事であって、彼らも木陰からこっそり覗いて聴いていたらしい……。(この時代の政権と芸術の戦いは、本当に心にグサグサくるし、ウィーンの街でも毎晩非公式に人種関係ないコンサートが開かれ人々はそこに半狂乱的に集ったらしい。だって友人や家族がゲシュタポに連れていかれる世界だ、誰がまともでいられる?コンサートはほとんどボランティアだったらしいけど、弾くほうも聴くほうもそんなこと関係なかったらしい。私はこの時代のことを思うとこのエピソードが全てセットで思い起こされるからかいつまんでお話しすることはできないし、これがあるから例のアフガニスタンの女性音楽家たちが虐殺されそうな今は胸が張り裂けそうな思いになる……ちなみに彼女たちの半数ほどが出国できたそうです。)

 

だから、自分にとってはオーケストラをやるというのは、このシモン・ゴールドベルクのようにスコアをまず頭に入れて、というところがスタートなんだな、と思っていた。

 

で、私は彼のようには素晴らしくないから自分のパート以外は完璧な暗譜はできないし「頭に入れている」というような表現でしかないのだが、それでも頭に入れてはいるんだ。それは、彼の人生から学んだことだから。

 

そして、今思っていることは、

今までいろんな音楽を経験してきたけれども、

しばらくは自分の仕事を細く集中させていきたい、ということ。

 

先日ヴィヴァルディのソロを弾きながらつくづく思ったのは、ソロというのはオケと違い自分の音にすごく細くそこだけに徹底して向かっていないとすぐ崩れそうになる、この細い集中力は、蜘蛛の糸のようなふわふわしたものじゃなくて、どちらかというと強靭なピアノ線。そのくらい細い精神を保つのでなければ、これは弾けないのだ。

で、私はこの細い精神でオケのコンサートマスターをやりたい。そうしたら、くだんの彼ほどまでではなくても少しはもうちょっとこのオケのために何かできるのかもしれないから。

 

「一般の方でも指揮者になれるオーケストラ」をやるって、そのくらい大変なことですよ。一人の人間の生き方を変えさせるくらいね。

写真は、その際のリハ。頼れるヴィオラの米納(よのうさん、という素敵で呼びやすいお名前なの)ちゃんが選んでくれた一枚。加工前。

 

そんな、今日でした。

『鬱』 2021.1004

このところ生きる速度が加速しているようで、一週間前の悩みはもう覚えていないし私の中にない。

この数日のことを整理すると、凄まじい肉体的疲労感を感じていたのだが、それは恐らく肉体にではなく脳にあるのではないかと気がつき、今まで以上に脳の休息を図るための方策をいろいろと打ち出して実践してはいたものの、なかなか回復が見られなかった。そんな中今朝の明け方にふと目が覚めてしまい、数日前にも同じようなことがあったから非常に狼狽しなんとかこの危機を打開したいとiPadで調べてふと思い当たったのが、これは恐らく鬱病なのだ、ということ。なるほど、確かにそれまでできていたことができなくなるという。私の場合、数時間は軽く練習していたのにヴァイオリンを1時間弾くだけで疲労困憊してしまいあとはひたすら寝ているか横になるか、どちらも似たような状況だがまぁつまり何もできやしないってことだ。このままいったら確実にこの状態は悪化する、それに自分が壊れていくのをこの目で実況しながら感じていくのは怖いことだ。なぜ生きながらに壊れないといけないのか、それではこの原因を改善せねば、そうでないとこの先はない。

原因なんて明らかで、要するにこの春親元に緊急避難したこの地がたいそう遠いのである。関東平野ですか?と尋ねるYu-co associates氏のその表現に愉しさを感じてしまってそれ以来人には「かろうじて関東平野ではあるのですが」と伝えている。往復5時間ですからね。そうでなくても元来見ず知らずの方々と密に接するなど非常に苦痛で電車には絶対乗りたくないから基本的に歩いて移動することが多く秋葉原から神保町とか渋谷から広尾とか虎ノ門から赤坂なんてへっちゃらで一度失敗したのは虎ノ門から田町である。でも田町から麻布十番には平気でいく。あの、三井俱楽部のそばを通っていくのが良いんだよね。一度あそこで弾いたことある。あの庭園は見事だ。こんなの全部楽器持ってうろうろするからね、電車に乗るくらいなら歩くかタクシー。特急とか新幹線の指定席なら乗っても良い。そのくらいの神経なのである。

 

で、その私が電車に乗る?

 

そりゃ具合も悪くなって当然であろう。

 

でさ、これは私、親の庇護の元にある状態でそんなこと言ってるんですよ。許されると思う??こんな不平を言うことが!だから流石に親にはまだ言っていない。「お母様、私はこの遠距離に堪えられず鬱病になってしまいそう、だから資金調達して一刻も早くここを出るから」えぇ、はい資金調達のためのいろいろは只今急速なスピードをもって進めております。ちなみに、親の呼称はこの記述通りです。そんな私は家族からは「えっちゃん」と呼ばれている。姪っ子○○えちゃんも田中家の女どもの一員として私のことをそう呼んでおります。我が家のルールからいけば本来彼女は私のことを「幾子お姉様」と呼ぶべきではあるのだが面倒くさいからそのままにしてある。それに、「えっちゃん」と呼ぶ人はこの世に3名しかいないわけだ。亡くなった父親は決してそのように愛称で呼ぶことはなかった。あの人は家の中でもワイシャツとジャケットだったからな。愛称などというものは彼にしたら無視すべき存在だったのだろう。

 

話しを元に戻すと、

 

このように身勝手で自分勝手、でありながらそれに従って生きなければ生きていけない己というものは正に真正人間のクズである。こう思い知ったので、自分はクズであるという自覚を持って生きることにしたし、それは今朝の睡眠障害以降私の肩の荷をずいぶん降ろしてくれた。午後になって少し前向きな気分になれたから家からすぐの岸辺周辺の公園で日に当たりながらぼんやりしているとくだんのYu-co associates氏から次のライブのためのlineがきて、そのやり取りはたいそう愉しく幸せを感じるものでそれは正に彼女が私のクズぶりをそのまま受け入れてくれているからであるのだろうし、そのあとは更に気分が良くなって少し散歩したり木の葉のぎりぎりをわざわざくぐったり膝丈スカートなのに手すりを足でまたいだりなどしてお行儀の悪さをいかんなく発揮し子どものような行いに自然と笑みを覚え、そういえば今朝以来笑っていなかったな、などと思ったりしたのだ。人にはいつも笑っていると評されているから朝から一度も笑っていない自分というのは非常に危険な状態だったんだな、と改めて感じた次第である。

この公園では昨日、私が11/11のユア・オーケストラ公演で弾くシューベルトは川の水面のきらきらやその中にいられると初めて生きた心地になる風、そして私がこの地上で最も愛する音とも言える風が奏でる木々の音、木の葉が返す太陽の光への返事、そういったものから構成されているのに何故に私はそこの中にはいられないのだろうか、バレリーナも練習は基本室内だ、精霊の役になったりするのに室内だ、これは芸術家の宿命だからしょうがない、だが我々こそ自然と技とを両立させないといけない存在なのだ、と感じたし、しばらく絵を描いたあと柿本人麻呂のようにかえりみすれば太陽が傾く時刻でそれにはチャイコフスキーの交響曲第6番第1楽章のあのメロディ、人生の終わりにたどり着いた湖畔の向こうに輝く壮大な夕暮れかのようなあのメロディを久々に思い出して、あぁあのような曲を書きたいな、と思ったり。はたまた志賀直哉の主人公のように長い保養地での生活の中で生気がみなぎってきたくだりを「確かに、そうだな」と思えたり、私の悪い性で早速仕事のことを考え始めたら急に段々と身体が重くなってきて、このへんも読んだことがあるから本当に「確かに、そうだな」と無理は禁物だと思い知ったりしたのだった。

 

そうして少し自分の在り方について気がついた今日は仕事もできたし練習も少しした。良かった。

 

ここにきて、改めて自分がクズであると確信している事柄があるので一つだけお伝えしてこの日記をおしまいとしよう。

 

それは、この部屋。私の仕事部屋にしている部屋の匂いだ。

 

前々から、なんか変な匂いがするなと思っていた。ここは中古物件であるから多少は致し方ないと。

 

だが、先ほどの公園での幸せだった愛情から帰ってくると、本当に耐えられないような厭な匂いであるのだ。

 

うん、出るしかない。

 

自分が正常を取り戻そうとすることで、そのようなことまで気になってしまって仕方がなく嫌な気分を我慢しながら音楽をより良くするための練習をしていたのだ。この一連の流れをクズだと言わず、なにをそう呼ぼう?

写真は、昨日絵を描いていたときのスケッチブックと虫。そんな、今日でした。

 

 

『遠』 2021.0923

文章を書きたいという欲があるのであれば、物語を構築することはするべきだな。

私は今日も寝込んでいた。以前住んでいた目黒区ではない青葉台の部屋が肉体の力を損なわさせると感じ急遽身を寄せた親元の家。ここは非常に遠い。都心だけでなくそのあたりに出るのだって所要時間を要する。元々地方出身で地方から地方(例:佐賀県から福岡県博多)へ毎週レッスンで通っていたからこそ可能であって耐えられる。なのだが、半端ではない疲労、そうかあのときは親の送迎ひたすら車だった。それに特急電車に高速バス。特急電車はもちろんあれ、小田急ロマンスカーみたいなやつですよ。

おかげさまで、家にいることでの肉体のマイナスは解消されているが、欲深い女の私はこの機会に体力増強と創作に励んでおり、それによって常に疲労に苛まれている。速く強くなりたい。

それで、長時間の移動による疲れというのは、私の場合熱が出たりなどであって、だいたい1日2日寝ていれば事足りる。

 

1日2日寝るだと!??そんな暇ない、親元にいる間に精一杯努力して肉身も表現も作り上げさっさと切り上げて出ていくべきではないのか。そうして、親に仕送りをするというのが本当ではないのか。己がいかにていたらくでいたということは関係ないのだ。これはこの世で生きる真理、じりつしかないでしょ自立、言い聞かせる自分の相手も自分。

 

じゃあー、どうするかって

 

省庁によるコロナ禍支援策の事業者向けうんたらかんたらやってちゃんとユア・オーケストラの準備を行い、私の次の構想である新曲リリースについて考え、そして愛するロックミュージシャンたちと次のライブのことを話し合うのだ……こういうの全部お布団の中からやるの、偉くない?偉い、偉いんだ。お布団。

 

速く、物語のお話を言いたい。言えますように。写真は、練習のお供、母お手製によるものです。そんな、今日でした。

 

 

 

『巡』 2021.0911

面白いのは、演奏や創作のサイクルを感じられることだ。

今のように作曲や人前でも僅かながら踊ることも披露するようになってから、ずっとそのサイクルを掴みたいと思っていた。

それが、ここのところいくらか自分の中に育ってきたように思える。

不思議なのは、そうすると文章欲も出てくるのであって、ずっと放ったらかしのままであった自分の小説『雨女』にも少し取り組めるようになってきた。今までと違い、なんとなくだが明確なイメージを持って接することができる。だから、書くことが怖くないし愉快で爽快な気分で机に向かえるのだ。

 

そんな中、先日ある連絡がきた。SNSでも呟いたShareYourガッツというコンペティションに応募したところの一次審査に合格したというものだ。これはコロナ禍でのエンタメにおけるエピソードを提出するものであったため、自分の文章が認められたのかな、という気になって非常に嬉しい。もちろん二次審査による結果あっての判断になるが、自分自身の歩みの一歩を感じられるのは幸運なことだ。そして、その文を書けたのは前回の日記に載せた、原宿のもみの木ハウスの山田さんに私の文章へのお褒めの言葉を頂けたことが大きい。だからここまで文に対して信じられる。そういえば、山田さんと話す前夜は私のソロライブ『原宿仮面舞踏族』であって、そこでもオリジナルの楽曲の評判が上々であったから色々と繋がっているのだろう。この日以降作曲も進み、2曲ほどはおよそ仕上がった。先ほどもまた新たなメロディとの新鮮な時間に恵まれ、これらの楽曲は全て小説『雨女』のイメージから来ているから、曲ができるごとに小説のイメージもより強くなってくる。なんとか楽曲と小説とをセットで発表したいものだな、上手くいくと良いんだが。

 

そうして、これらを支えているのがバレエのトレーニングでありストレッチである。機能的な肉体を目指して続けているこのトレーニング。昨日はやり過ぎておかげで本日はほとんど寝込んでしまった、がそれでもメロディとの出会いがあったから幸福だ。

 

写真は、作曲で使うヘッドフォン。そんな、今日でした。

 

 

 

『駄』 2021.0903

おかげさまで、先週8/27『原宿仮面舞踏族』も無事開催できたし色々な方々にお聴き頂くことができた。

音楽に身を置いているとつくづく感じることだが、

 

この世界は自分自身が鏡のように返ってくる。つまり、自分の生き様がそのまま返ってくるということだ。

そう思うと、半端なことはできないし常に自分が良いと思うことをやらないといけないのだが、なかなかそうならないのもまた然りであるし、そうしたときにどうするかというところで四方八方が鏡のような気がしてくるのだ。尋常じゃいられないような感覚だが、それがまた良いんですよ。だって、私が演奏している音楽というものはそこがもっとおかしくなるくらい純粋に保たれていて、だから時を超えて聴き続けられているのでしょう。バッハ、そしてヘンデル。ベートーヴェン。

 

なんでこんなことを書いているかって言うと、

つい先日デヴィッド・ボウイのことを教えて下さりマイルス・デイヴィスや大物アーティストの来日ツアーでケータリングを依頼される原宿の名レストランもみの木ハウスの店長山田さんが拙作『我儘なソリスタⅡ』に付している我が駄文を褒めて下さって、それが心底嬉しいからなのです。山田さん曰く「これは素人の文章じゃないよ、作家だ。」「小説は書かないんですか」ですって。

 

そうして私は音楽を作成したり弾いたりする行為によりコロナ禍でもコミュニケーションを取ろうと思うのです。

直にご一緒すると酷く変人で皆お困りになる。そんな怪獣のような人間だから。

 

音楽でだったら、多少耐えられるかなと。私自身、言葉で説明できずにいることが多い。聴いて、どうか聴いて分かって下さい。私はどうしようもなく私でしかいられないのです。それを望んだことも願ったこともないのですが、私でいること以外で私はいられないこのことは私にとってもこの上なく付き合い辛い事実そう、数々の選択肢が自分にはないのだと思い知ったし、何と言っても私という女は私自身にも非常に扱いづらいのです。そのくらい、私には何もない。何か、何かがあるとすればそれは何でもない。気力と根性。それだけです。

 

そんな駄目なヴァイオリニストですが、9/26に私主催でのブッキング出演があるのでぜひ。ツイキャス配信もあります。私の前後にはラヴェルのようなセンスで歌うシンガーソングライターと同じラヴェルでもボレロのような大きさのシンガーソングライター。真ん中の私にはラヴェルはきっといないだろう。それは皆様がご判断下さい。

 

 

@神田THE SHOJIMARU 東京都千代田区神田須田町1-4-6 吉川ビルB1 HP:http://shojimaru.main.jp/
・完全予約制 ご予約はfukumaru.rec@gmail.comまで、 公演日9/26、お名前、お電話番号、ご予約人数、I.T Violinと明記のうえ、お送りください。返信をもってご予約完了となります。 <SHOJIMARUからのお願い> ・店内ではマスクの着用をお願い致します。 ・入場時にアルコール消毒、検温のご協力をお願いします。 ・ご予約完了された方でも、体調のすぐれない方のご来店はお控えください。ツイキャスはこちら
 
 
 
 
 

『楽』 2021.0727

思うに私は、その音を現すのに自分の理想とする鳴り方でそこにぴったりくる身体イメージで弾くことができるようになる、そのことだけに費やしてきた今までの軌跡が恥も外聞もなくこのサイト上でも残っているのだが、

この春から始めたトレーニングと追求方法がとても良くて

やっとそのポイントを掴めるようになってきたようだ。

 

そうすると、今までのレパートリーももっと自分のイメージ通りに弾けるようになりそうだし、そこを得ることが楽になってきている。

 

うん、楽だ。

 

とは言え、この楽な状態にいることは決して楽ではない。むしろ苦しい。

何故なら、バレエのトレーニングや立ち方、ストレッチがまず恐ろしくハードだし、歌の練習も相変わらずしんどい。身体を造るというのはとても手間と時間と労力とあらゆる精神力とが必要で、そのバランスが少しでも崩れるとすぐさま寝込んでしまうような羽目になってしまう。身体を造るのに寝込むというのはおかしなことのようだが、己の肉体組織を超えたところを求めようとするとそうなるのだろう。求めると言っても、ほんの一歩先だ。それ以上はとても望みようがないから。(楽器の練習以外は専門家の指導のもと行っているのでご心配なく。)

 

それでも、今日はこうして駄文をしたためることができるから随分と余力が出てきたような気がする。ところで、駄文をしたためるとは不自然な表現ですね。しかし私のこれは正にしたためるという行為そのものであると感じているし、そもそもこの恥知らずな日記が駄文でなくてなんなのだろうか。私を知る人以外の人が読むなら、きっと冒頭で脱落するに違いない。「思うに私は」で始まる文章なんて、よほどの文豪のでなかったら誰が読むものか。ちなみに、音を現すというのは本当に音そのものが在るように弾きたいということである。

 

ま、間もなく今年下半期のコンサート予定を詳しくお知らせできると思うので、そのステージの用意に精一杯だということです。

 

写真は、広尾の神社。ここには芸術の神様が祀られている。

そんな、今日でした。