ヴァイオリン

『違』 2019.0607

おかげさまで、今日も充実した一日でした。

おしまい。

 

とでも言いたいくらいもう眠いのである。

 

パガニーニのような難しいものをやっていると、頭の使い方も身体も、尋常ではなくなるからかもしれない。右手も左手も同時に忙しいんだもの。全身大運動会、といった感じである。音の行き来もちょっと変なところがたくさんあるし、相当神経使っていると思う。

昨日の朝、 Yuuki くんの音源を聴いていて思ったのは、ポップスはまるで映画を見ているようだな、ということ。比べたら、クラシックは難しい教科書を理解して覚え込むところから始まり、それを自分の理解として語ることができるようになるまで血肉にするのだから、頭の使い方がまるで違うんだな。パガニーニに限らないけど、クラシックにはこの難しい教科書というものがたくさんあって、その内容がまた普遍的で素晴らしいんだよな。ポップスに感じた「映画の音楽化」とは、同じ音楽と呼ぶには全く違う要素だな、と思う。この違いが面白いけどね。もし、同じような要素の音楽だったら、こんなにたくさんの活動を同時に行うことはできないだろうな、と思う。

ところで、クラシックには即興的なところはない、と思われがちなのですが、そんなことはなく、実は正に即興であるメロディをある曲の中で弾くつもりです。楽譜上、そうしても良さそうなんだよな。

 

明日も、練習しよ。

写真は、今日の午後の山。田んぼになっていた。

 

そんな、今日でした。

 

ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

『明』 2019.0605

今日は、とみーとパガニーニ・ミーティングスの最終リハーサルだった。

とにかく、今回は二人とも曲が難しい。幸いにして、「二人とも同時に難しい」曲はないため自分のやることに集中していられるが、これがこの内容で同時に難しかったら大変なことになる。

デュオで二人とも難しい曲といえば、私の一番の思い出はベートーヴェンのクロイツェルソナタだなぁ。あの1楽章には恐ろしい箇所がある。(これ、今年11月24日に盟友藤井麻理ちゃんと共演予定なので、よろしければお越しください。)

 

とはいえ、今回の曲にも「私は難しく、とみーはやりにくい」ものがあるから、それがわりと恐ろしい。何しろ、この辺りには私は正直パガニーニの狂気を感じている。だが、相手は歴史的偉人だ。文句は言いようがない。まぁ、腕の見せ所ではあるとも言える。そこは、とみーを信じて任せるしかないんだ。こんなのは、任せられるやつにしか任せられない。だから、あいつは戦友なんだ。

という、やりがいたっぷりな今回なのですが、

 

今日のリハーサルも気持ち良かったな~。

 

とみーのスタジオは、うちと違ってお日様の光が燦々と入ってくる。

 

パガニーニの持つ、イタリアらしい明るい美しい旋律を奏でながら、自然の日の光を感じて、あぁ私は音楽しているなぁ、と心から思えた。

 

それでいて、私の明日は先日サポートした歌の Yuuki くんのコンサート(来週末だ)のリハーサルで、またピアノも弾くから、夜はハノンと音階とバッハをさらっていました。これはこれでいいんだ。パガニーニ漬けで頭も身体も疲れているところにちょっとしたリフレッシュになる。ピアノを弾いていると、ピアノってすごい楽器だなぁと心底思える。ここから出てきたはずの無数の名曲たちをもっと知りたいという欲がいくらでも湧いてくる。ピアノにおける今の私の目標は、ピアノでもっと音楽的な演奏ができるようになりたい、だ。

 

で、明日はそれのあとに、パガニーニの曲の中でテクニック的には難しくないところを練習するつもり。もっとこう弾きたい、という自分の願いを叶えるために。

 

写真は、とみーのスタジオ。私は本とCDは極力買わないようにしているけど、あいつは結構買うんだな。私はこういう本棚に囲まれて過ごしたいぜ。

 

そんな、今日でした。

ヴァイオリニストたるもの、ソロコンサートでもパガニーニを弾かなければいけないかもしれない

ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

『返』 2019.0604

今日も練習。練習の合間に散歩をし、練習し、家で体操し、練習する。

無限ループのようだが、体力の限界があるので、案外ループするのも難しい。

 

この数日は、ピアノもほとんどさらっていない。ひたすらパガニーニを弾いている。

合間の体操は、最近逆立ちもどきを取り入れているのですが、加えて気持ちがいい運動は、でんぐり返しである。

でんぐり返し。

なんなんでしょうね、この名称は。

 

前転と呼べば、もう少し格好が付きそうであるが、要するにやっていることはでんぐり返しなのです。

 

これは恐らく人により体質のタイプがあると思うのですが、

私の場合は、子供のころに得意だった動きを取り入れると身体の力が抜けやすいような気がしている。

で、実際やってみると気持ちがいいものだから、調子に乗って何回もやっている。

 

いい年して、公開でこんな話をして、まさに恥知らずが進行しているようですが、そこまでして練習しているのだ、とどうか暖かく見守っていただければ幸いです。

 

で、写真は昨日載せられなかった夕飯。いさきを大根と煮て、ぶり大根のようにしてみました。今日もこの残りを食べよ。

そんな、今日でした。

舞台で、でんぐり返しはしません

ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

 

『動』 2019.0602

意外に思われるかもしれないが、私は運動神経が良くない。

というより、運動全般が苦手だ。

 

バレエは大好きだし、振り付けを覚えるのはわりとすんなりとできる。音楽と似ている部分が多いからだと思う。難しくてできないこともあるけれど、理想形のイメージを持ちやすいから、運動に比べるとずっと楽に取り組める。芸術性があるから楽しい。

 

運動は、痛みを我慢しないといけないことも多いし、それもあり苦手です。

高校のとき、授業でバレーボールをしないといけないことになったときは、辛くて仕方なかったな。ボールが腕に当たることが痛くて痛くて、なんでみんな痛がらないのか不思議だった。今考えてみると、私は皮膚が薄くて弱いからそういった衝撃にも弱いのかもしれない、ということなのですが。

球技全般苦手。楽しみを覚える前に、やりにくさや辛さを感じてしまう。そもそも走ることが全く好きではない。走ることに爽快感を感じたこともない、インドアな人間なのです。

バレエをしていたから、体操は少しできたけれど、跳び箱は全くできなかった。あの大きな箱を前に、跳ぶことが怖くなってしまう。

 

で、私以外の家族は、みな運動神経が良いのです。なんなんでしょう。亡き父親だけは非常に悪かった。私は彼の血を立派に受け継いでいるといってもいいのかもしれない。彼が踊りを踊れたかは知らないが。

しかし私の話に戻すと、自転車に乗ることも家族に反対されるくらい、運動においても社会性がないと言える。(これについては彼も下手であったと思われる。)

 

なんですが、パガニーニ弾いてると、ほんとに運動神経が良くなるような気がする。動きが軽くなってくる。楽しい。

不思議だなぁ。

 

そういえば、球技全般苦手といいながら、ゴルフは好きです。アメリカで覚えた。でも下手くそだから、ちゃんと習ってみたい。あと、球技ではないがスキーも好き。これも稚内育ちのいとこが教えてくれたのが良かった。このへんは、走らなくていいからかもしれない。

と、くだらないことを考えているうちに夜になってしまった。

 

写真は、脈絡なく私の寝室の時計を意味深に。

そんな、今日でした。

踊ったりもしたいソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

 

 

 

Diary.2019 May

 

『初』 20190501

『肩』 20190502

『動』 20190503

『二』 20190504

『三』 20190505

『々』 20190506

『時』 20190507

『泣』 20190508

『好』 20190509

『同』 20190510

『富』 20190512

『弾』 20190513

『薔』 20190514

『譜』 20190515

『選』 20190516

『大』 20190517

『楽』 20190518

『源』 20190519

『屋』 20190520

『家』 20190521

『肝』 20190522

『撥』 20190523

『黒』 20190524

『諦』 20190525

『神』 20190526

『弾』 20190527

『厭』 20190528

『逆』 20190529

『小』 20190530

『面』 20190531

『雨』 2019.0601

6月になりました。梅雨の季節です。

だから、というわけではないが、今日は私は自作の「雨女」のレコーディングだった。ヴァイオリンで弾くのと、歌うのと両方。

それぞれ、調と構成が違うし、雰囲気も違う。これが、とても楽しい。

 

いろんな可能性が拡がるんだなぁ。

 

私はまだ、録音機器や録音の仕方について、全く素人でなにもわかっていないんだけど、弾いた感じや曲の雰囲気でエンジニアさんが出してくれるアイディアがとても面白い。おかげで、ヴァイオリンと歌と全く違うものが出来上がりそうだ。それに、このように体験してみると、これから自分が作っていけそうな曲のイメージも湧いてくる。「雨女」の他にもいろいろと書けそうな気分になってきた。マイクによってもとても雰囲気が変わるんだもの。生のコンサートとは違う音楽の作り方。

 

今回は、全く特性が違う2本のマイクを使った。

それぞれで拾った音をミックスすると、とても面白い音楽になりそうだ。

 

あとで、今日の録音を聴いてみるのが楽しみだ。そこから生まれてくるアイディアたちがきっといるから。早く彼らに会いたいな。

 

そういえば、今日は山には行ってないな。それどころじゃなかった。

「雨女」歌入りフルバージョンやります。ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

 

『面』 2019.0531

今日もとみーとパガニーニ・ミーティングスのリハーサルだった。

公開の場でも、とみー、と呼んでしまっているけど、本名富川勝智。クラシックギタリストでは有名な人です。

 

とみーは、今日も面白かった。

が、何を話したか覚えていない。そんなことより、私はパガニーニの自分のパートが難しいのだ。そもそも超絶技巧がポンポン出てくるし、ギターの合いの手がまた妙な具合に書かれていて、あぁパガニーニとはいかに奇人であったのか、思い知らされる。

特に、日本で演奏された記録がないというある曲が大変なことになっている。

 

けど、面白い。

 

あ。面白かった、と思ったのはおしゃべりじゃなくて、曲を仕上げていく道のりだったのか。そうだな、難しくてしゃべっている暇なんてそんなになかったものな。

 

で、合間の休憩に私は昨日から始めた逆立ちをして、とみーに「それ、逆立ちじゃないよ。」と言われたりしていた。いいんだ。数十秒ですっきりするんだから。

それにしても、パガニーニは弾けば弾くほど楽しいなぁ!気持ちがいい軽い運動をしているみたいだ。もっとこんな感じが大きくなるといいな。

 

写真は、夏部屋になった我が家に珍しい、ギターの足台。クラシックギタリストには必須なんだな。

 

そんな、今日でした。

こっちもがんばるぜ。ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

 

 

 

 

『小』 2019.0530

写真だとそう見えないようだが、私は背が低い。

 

正直に告白致しますと、152cmしかないです。

 

小さいよね。

 

演奏しているときも割合大きく見えているようですが、ハイヒールは苦手だから本番の靴は踵があまり高くないし、どちらかというと偉そうに尊大な態度で弾いていることが大きく見えるその理由ではないかと思う。

 

で、背が低いということのデメリットを幼いときからこれ以上ないほど享受して生きてきているので、「私は小さいから、〇〇ができない」と言えるような物事がそれなりにある。

例えば、ちょっと混んでる電車内でのつり革。届かないよね。(これは私に限った話ではないかもしれない。)

一番、小人だなと感じたのは夕方のJR新橋駅のホームで周囲がサラリーマンの男性方ばかりだったとき。右も左も上も下も見えなかった。人が多い時間帯だとそういうこともある。

 

で、この小ささは実生活においてまた不具合を発揮してくれる。

例えば、押入れや作り付けの棚の上部や奥は全く役に立たない。椅子などに乗ったとしても、これまた短い腕では届かない境界線の向こうという世界があるのだ。(脚立は苦手なので使いません。)

 

なんですが、今日は夏にむけて若干部屋を模様替え。練習部屋の床のじゅうたんを剝ぎ取り、押入れの天袋になんとか突っ込んだ。この天袋は突っ込むことと引っ張り出すことしかできないから、中はぐちゃぐちゃというより他がない。

この作業を、他の部屋においてもやってかなきゃ。

 

物事は、大きいほうが便利だよ。そう書こうとして「大は小を兼ねる」ということわざを思い出した。なんだ、私なんかがぐだぐだ書かなくたって、私たちには素晴らしい文句があったじゃないか。バカだなぁ。

 

そんな、今日でした。

写真は、剥ぎ取った床で大活躍してくれたルンバです。

夏仕様の部屋で音楽やってます。ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

 

『厭』 2019.0528

おかげさまで昨日の神田 SHOJIMARU での演奏は、自分としても納得がいくものであった。そのせいか、今日は気分が良かった。天気は雨模様の関東地方だったが、私の気分はいくぶん晴れ晴れしかったのである。

 

とは言っても、やることに追われて気が付いたらもう夜だ。今日何をしたかって、朝は昨夜の就寝が遅かったこともありなかなか起きられず、遅い朝食を軽く食べて(ブランチってやつでしょうか)山に行こうとしたら予想より早い雨天となり引き返し、布団を取り込み、買い物に出直して、夕刻は楽器屋さんに出向いて、夜は練習とジムに行った。

そうしたら、もうこんな時間なのだ。

 

もっと練習したかったなぁ。明日は朝からいっぱいやりたい。何しろやりたいことだらけなのだ。弾けば弾くほど、欲が出てくる。何しろ、私は強欲な女なのだ。

この日記だって、なにもネタもないのに、毎日こうして発表し続けている。どういうことだ。

 

そういえば、最近移動中には書き物をすることにしてみた。私の「雨女」のお話しをいろいろ考えているのです。このお話しも早く作っていきたい。面白いもので、作るというのは、作ることを日々の癖のように自分に課しておくと何かしら出てくるものなのですね。司馬遼太郎が、毎日書いているとアイディアが湧くけれど、書くことをやめると出てこない。10日やめるともうだめだ。というようなことを言っていたらしいですが、なんとなくわかるような気がしています。

作曲もそうだと、思うんだよな。

だから、日々の練習に加えて、創作行為も同じように楽しみたい。

 

なんだけど、自分でお話しを書いていると、己の文章力の浅さに辟易するのでした。なんじゃこりゃ。やんなっちゃうよ。

写真は、お昼ご飯のパスタ。炭酸水と。

 

そんな、今日でした。

練習の成果を見せてやるぜ! ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」

『弾』 2019.0527

今日(というか昨日だ)は、神田 SHOJIMARU で演奏してきました。

演奏した曲目は以下の通りです。

 

My Favorite Things 

Message in a Bottle/ The Police

ガヴォットとロンド/バッハ

オペラ「イーゴリ公」より「ポロヴェツ人(韃靼人)の踊り」/ボロディン

There Must Be An Angel / Eurythmics

 

今日はまた、自分としては面白い発見があったなぁ。

エコーのかかり方を聴いていると、その残響や響き方から、弾きなれたこの曲のスタッカートをもっとこうしよう、バッハのこれはもっとこういうテンポにしよう、など、それまでに思ってもいなかったやり方が見えてきて、その研究がとても興味深そうだ、ということ。

クラシック向けの会場で演奏するときも、もちろん会場により残響などは違うため(例えばすごく残響が長い教会とか)、そういったことも考えるのですが、

やはりライブハウスのエコーは、私には強烈な印象だな。

 

20分ほどの出番でしたが、今日もまた大変緊張していて、終わったら汗びっしょりだった。弾きながら上述のようなことを考えていたからだったかもしれない。

それにしても、お客様方が熱心に聴き入って下さってて嬉しかったです。ヴァイオリンの無伴奏でできることを、もっとやっていこうと思いました。スタッフの皆様、ありがとうございました。

 

さーて、明日からまたパガニーニがんばるぜ。今日はロ長調の音階さらったから、また違う調にして。何しろ、今度のパガニーニは調の変化が恐ろしいからな!

 

そんな、今日でした。お休み!

ここでは更に破天荒 ソロコンサート 2019 0707「青の時代 vol 3」